笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

初期の「爆笑オンエアバトル」にあった東西の溝

「大阪芸人は東京がイヤだった」。

「爆笑オンエアバトル」の歴史を振り返る番組で、このようにコメントしていた陣内智則さん。それを受けて、ますだおかだ岡田さんも「オンバトの収録だけは気が重かった」と答えています。この2組は初期の「オンバト」で大活躍しました。にもかかわらず気が重かったのは、楽屋に東西の溝があったから。

「爆笑オンエアバトル」は、1999年3月からNHKで始まったネタ見せ番組です。客の投票で上位になった組だけ放送されるシビアなシステムが話題になりました。NHKは全国放送ですから、ここでの活躍が地方の営業の仕事につながっていたそうです。

若手芸人がテレビでネタをする場がほとんどなかった時代に誕生した「オンバト」。この番組のおかげで今があるという芸人がたくさんいます。しかし、そんな貴重なネタ見せ番組も、2014年3月をもって終了。15年の歴史に幕を閉じました。

他事務所とも仲が良い東京の芸人に馴染めなかった陣内智則

2014年3月15日放送「オンバト最終章 チャンピオン大会直前 15年間ありがとうSP」(NHK)

司会はタカアンドトシ。
ゲストはHi-Hi、アンジャッシュ、ダンディ坂野、アメリカザリガニ、流れ星、陣内智則、ますだおかだ岡田、スピードワゴン、うしろシティ、ニッチェ近藤、トップリード、トレンディエンジェル。

芸人のアンケートをもとに番組を振り返るコーナーで、初期の頃は「楽屋に東西の溝があった」という回答がありました。この真相について、アメリカザリガニ(柳原・平井)に尋ねます。

平井「僕やっぱり、東京の芸人さんとも仲良くさせてもらってたんですけど」
トシ「はいはい」
平井「ちょっと呼ばれましたもんね、『なんでお前、そんな東京と仲ええの?』」
トシ「あっ、関西側から」
平井「だから僕らはどっちかと言うと、東寄りのほうにいてたんですよね」
柳原「初めの頃から出てたから」
トシ「あ~、なるほど」
平井「大阪の人って新幹線とかの問題あったから、なかなか来れなかったりしてたんですね」
トシ「はいはい」
平井「そこでね、ちょっと楽屋に(線を引く動作をしながら)ピッとありましたね」

当時、大阪から参加していた陣内さんにも聞きます。

陣内「僕は吉本やから、マネージャーも付いて来ないじゃないですか」
トシ「はい」
陣内「ひとりで行くわけですよ、で、楽屋に入ったら結構、東京の芸人って違う人も仲良いのね、違う事務所でも
トシ「そうですね」
陣内「それに馴染めずに、こっちも大阪から来てるから『負けるかボケッ』みたいな、『もうしゃべるか~』みたいな」
トシ「あ~、気張ってますからね」
陣内「『全然、俺はそんな君たちとは違うぞ』っていうことをしとかんと、楽屋にいられなかったんですよ」
トシ「そうですね、確かに」

その東京の芸人の中心にいたのが、アンジャッシュ渡部さんだったそうです。

ほぼ同期のアンジャッシュとアメリカザリガニの比較で見る当時の東西お笑い事情

2014年6月3日放送「白黒アンジャッシュ」(チバテレ)

司会はアンジャッシュ(児嶋一哉・渡部建)。
ゲストはアメリカザリガニ(柳原哲也・平井善之)。

アンジャッシュは東京のコント師。アメリカザリガニは大阪の漫才師。この対照的な2組は、ほぼ同期で若手の頃から一緒に戦ってきた仲間です。まず出会ったときの印象を語り合います。

柳原「大阪から来たばっかりで、で、そのときにやっぱ感じた、『ザ・東京の芸人さん』やなって」
渡部「ほぉ」
柳原「だから同い年の感じもせえへんかったし、東京のいろんなその~、当時『オンエアバトル』とか行っても、やっぱりアンジャッシュがこう、楽屋を回す感じがあって」
渡部「あっそう?」
平井「空気あったよ」
柳原「そうそう」

そして、「オンバト」時代の話へ。

平井「渡部って、いっつもニヤニヤしてるイメージ」
児嶋「イメージが?」
平井「楽屋でね、さっきもほら、東京の空気を作っていたみたいな話になって、関西の人ちょっとビビるわけですよ、東京の人がいっぱいおったら、そこの中心に絶対、渡部がおるわけや
(苦笑する渡部)
平井「渡部がずっとニヤニヤしてんの、で、なんか言うてるのよ、こうやって」

隣の人に耳打ちしながら遠くを指差してニヤニヤ笑う動作をする平井さん。

児嶋「え~、そんなことやってたの、はははっ」
平井「なんか勝手にその人のキャラとか作って、悪口みたいな感じでやって、それを『やめろ!やめろ!』とかやって、面白い感じでやるわけよ、コントを」
児嶋「ミニコントみたいなやつね」
平井「そう、それがさ~、ホンマにやらしくて、初めて見た人は渡部がすごくイヤな奴に見えるわけよ」
渡部「あはははっ、そうか、みんなを操ってると」
平井「そう、操るから、裏で操るほうやんか、ほんで、なんかちょっと『番長になれ』言うても来ないわけですよ」
渡部「あ~、そうね」
柳原「そういうタイプちゃうからね」
平井「絶対裏におるの、だから全部の空気、今の東京の芸人の空気を作ってるのは渡部や」

でも、そうせざるを得ない事情があったと渡部さんは言います。

「爆笑オンエアバトル」にやって来る大阪の芸人に危機感を持っていた

渡部「『オンエアバトル』は俺ら結構先輩だったの、あの中でも、上のほうだったじゃない」
児嶋「そうね」
渡部「プラス東京芸人ばっかりで、俺の内心のビビりは、大阪の実力者が来始めたじゃん、ここ(アメリカザリガニ)とか、ますおか(ますだおかだ)とか陣内さんが来たときに、『これヤベェ』と、もう地肩が強いじゃん」
児嶋「強いよね」
渡部「絶対ウケるし、だからちょっと楽屋ぐらいから、ちょっと空気作っていかないと……」
(スタジオ笑)
児嶋「ええ!カマしてたの?」
渡部「だってカマさないと、俺負けちゃうんじゃないかと、あんなもん、大阪の人がパッと来たら全部やられちゃう、俺ら現にやられてたし
児嶋「うん、やられた」
渡部「だからこれはもう、楽屋でちょっと、これ東京勢、大阪勢をちょっとビビらすぐらい」
(スタジオ笑)
渡部「空気を出さないと」
児嶋「ちっちゃ!」

渡部さんが挙げた大阪の芸人3組の「オンバト」における戦績を確認してみました。アメリカザリガニは16戦中16勝0敗。ますだおかだは17戦中17勝0敗。陣内さんは16戦中16勝0敗。全員一度も負けていません。驚異的な成績です。

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話題は変わって、ネタのスタイルについて。

アンジャッシュのコントは「常識と違和感」

平井「認識としてはアンジャッシュって……僕ら漫才やから、ボケとツッコミみたいな感じやんか、ちょっと違うのよ」
渡部「うんうん、何?」
平井「このね、『常識と違和感』」
渡部「『常識と違和感』、ほぉ」
平井「ネタのスタイルはね、やっぱ大阪におるから、『なんでやな!』みたいな、ちょっとボケがわけの分からんこと言うてツッコむっていう、こうガチャガチャしたのが多かったんやけども」
渡部「うん」
平井「これがまあ新幹線乗ってやで、何百キロか走ったら、こう(常識と違和感に)なっとるがな、ネタが」
渡部「はははっ、いやいや」
平井「要はツッコミじゃないわけよ」
柳原「ホンマにビックリした」
平井「本当に常識の中に、ちょっとだけ違和感が入ってて、それを見て楽しむような、これはもうコントとかとちょっと違うんや」

アンジャッシュは元々ボケとツッコミのスタイルでした。でも、大阪の芸人のボケとツッコミを見て気付いたそうです。「どうやっても勝てない」と。

渡部「それで、もう違うスタイルにして」
平井「なるほど」
渡部「コントの中で、非常識な発言をする人がいないコントにしようと、いわゆるボケがない」
柳原「あ~」
渡部「お互いマジメに一生懸命やってるんだけど、第三者が見たときに変な風に映るようなコントに、シフトしたのよ」
平井「そうなんや~」
渡部「そしたら別に、なんか切れ味のいいツッコミとか、センスのあるボケとか言わなくいいコントに、逃げてコレ(常識と違和感)になったんですよ、俺ら」
柳原「いや、だって衝撃やった、ふたりで話し合ったけど、アンジャッシュっていうのがすごいって頭に刺さったネタが、あの『しりとりの面接』っていう」
渡部「あ~、はいはい」
柳原「アレ見たときにもう、『ちょっとアレなんや?』と、大阪であんな感じの脳みそ持ってる人おらんから、衝撃やったよな?」
平井「いやいや衝撃やがな、そりゃあ」
渡部「嬉しい」
平井「みんな帰ってきたら言うんやで、『アンジャッシュって知ってる?』って」
渡部「え~!」

大阪の芸人に一目置かれていたことを喜ぶ渡部さんが印象的でした。