笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

大橋巨泉「ビートたけしにとってテレビはワンオブゼム」

「決勝当日は有給をとる」。

こう語ったのは「R-1ぐらんぷり2018」で決勝に進出したカニササレアヤコさん。彼女はロボットエンジニアとして働きながら、フリーで芸人もやっています。だから大会への意気込みを聞かれた際、このような兼業芸人ならではのコメントとなったわけです。

最近、賞レースの決勝進出者にカニササレアヤコさんみたいな兼業芸人が増えてきた気がします。女芸人ナンバーワン決定戦「THE W」には鳥取市職員の押しだしましょう子さんがいましたし、「キングオブコント」で旋風を巻き起こしたにゃんこスターに密着する番組では、アンゴラ村長がスーツを着て会社に出勤する姿がありました。

たとえ賞レースで最後まで残る実力があったとしても「芸人の仕事」だけで食べていくのは難しい。そんな悲しい現実を読み取ることもできるでしょう。しかし副業を持つことは、芸人を続けるための保険になるだけではありません。武器にもなります。その武器が使える場面は、交渉のテーブルについたときです。

兼業作家でないと編集者と対等に話せない?

2017年7月2日放送「ボクらの時代」(フジテレビ)

出演者は万城目学(作家)、森見登美彦(作家)、上田誠(劇作家)。

作家はどれぐらい本が売れたかで収入が決まるので、人生設計ができません。よって会社に勤めながら作家デビューを果たした新人に対して、編集者はこう助言するそうです。「仕事は絶対辞めてはいけませんよ」。

すると森見さんが自身の経験から付け加えます。別の意味でも辞めてはいけないと。

森見「編集者の人に対して、対等に話せないと思ってたんですよ、やっぱりその、生活の糧が別にないと
上田「力関係も含め」
森見「そうそう、原稿の仕事もらわなきゃって立場になってしまうと」
上田「うん」
森見「もっと辛いやろうと思って、やっぱ僕怖かったですね」

つまり副業を持っていれば交渉するときに妥協しないで済む。これと似た話を、キングコング西野さんもしていました。

テレビで好きなことをやるためにはテレビに出なくても大丈夫な状況を作っておく

2016年12月15日放送「ニューヨークのオールナイトニッポンZERO」(ニッポン放送)

パーソナリティはニューヨーク(嶋佐和也・屋敷裕政)。
ゲストはキングコング西野亮廣。

ニューヨークはネタ番組にちょくちょく呼ばれたりしてそれなりに露出があるので、全く売れてないわけではありません。ただし同期のおかずクラブや横澤夏子さんと比べてしまうと、大きく水をあけられている状態です。

西野「ニューヨークってどうなってるの? 売れてるの、売れてないの? ムズいねん、ニューヨークの扱い」
屋敷「売れてないです! 売れてないです!」
西野「でも、『オールナイトニッポン』やってるってことは売れてるんじゃないの?」
屋敷「う~ん……そういう、お金にならんことはやらせてもらってますけど」
(スタジオ笑)
西野「ふふっ、『オールナイトニッポン』、金にならんのかいな」
屋敷「その、西野さんの真逆やってます、俺らは」
西野「そう言うとお前らのこと応援したくなるやろがい!」
(スタジオ笑)
屋敷「金にならんけど、オモロいことやってます、俺ら」
(スタジオ笑)
西野「いやいや、そういう風でありたいねん! 俺も!」

両者は同じ吉本所属なだけでなく、「西野亮廣と西野を嫌いな4人の男たち」というライブでも共演しているので、信頼関係ができているのでしょう。序盤から後輩のニューヨークが深く踏み込んで、西野さんとの間に分かりやすい対立構造を作ります。

ネタ番組に呼ばれる以外では、「M-1グランプリ」や「キングオブコント」といった賞レースに挑戦したり、単独ライブをやったりと、芸人としては「ストロングスタイル」で戦っているニューヨーク。そんな彼らの目標は、テレビで好きなことをやりたい、そしてお金を稼ぎたい。

この目標に向けて何が必要なのか。西野さんの知恵を借ります。

西野「好きなことやるってなったら、当然だけど、交渉できないといけないから
屋敷「会社と」
西野「会社もそうだし、テレビ局もそうだし、まあラジオもそうなのかな? ラジオを僕やってないから分からないけど」
屋敷「はい」
西野「交渉できないと、『その条件だったらやらないですよ』っていう、交渉できないといけないから」
嶋佐「はい」
西野「まず、当たり前だけど、テレビでそういう交渉をしようと思ったら、テレビ出なくても大丈夫ですよっていう状況作っておかないと、テレビでの交渉はムズいんじゃない
屋敷「なるほど、こっちから今出させてもらってますっていうスタンス……」
西野「って言うとやっぱり、当たり前だけど、用意されたものをやるのかやらないのかで、『やらない』って言ったら、『じゃあ、お前らいらん』となって」
屋敷「その状況ですね、まさに」
西野「『いらん』って言われても、『いいっすよ、俺こっちでやりますんで』っていうのを作っとかないと……まあ、ニューヨークに限らずやで」

西野さんの場合は絵本などの創作活動がそれに当たるのでしょう。

ここまで話を素直に聞いていたニューヨークは、あえて異論を唱えてかき乱します。

BIG3はお笑いだけをやっているわけじゃない

屋敷「でも、お笑い以外のことやるのとかダサないですか?」
(スタジオ笑)
西野「真っ直ぐな目でなんちゅうこと言うねん、やってんねん、こっち、絵本書いたり」
屋敷「くふっ、芸人やのに」
西野「真っ直ぐお前、何を殺しに来てんねん、工夫して殺せや」
(スタジオ笑)

笑いのためだけのツッコミで済ますのではなく、冷静に考えてみたいテーマです。本当にお笑いだけで食べていくことは不可能なのでしょうか。

嶋佐「お笑いだけで行くためのアドバイスとか、なんかあります?」
西野「いやだから、それはもう……このご時勢に?」
嶋佐「はい」
屋敷「例えば」
西野「でも、そんなこと言い出したら、例えば、さんまさんだってトレンディドラマ出てたで」
嶋佐「そうっすね」
西野「そうやで、ほんで、タモリさんだって別にお笑いだけでっていう、たけしさんも別にお笑いだけで、じゃ実はないで」

BIG3のみならず、お笑い第3世代と呼ばれる芸人たちもそうです。とんねるずもダウンタウンもウンナンも、3組とも曲を出して「NHK紅白歌合戦」に出ていました。

とはいえ、そういった先輩たちやキングコングは、まずはお笑いで成功を収めてから別のジャンルに挑戦しています。

ブロードキャスト!!房野は歴史の人としてテレビに呼ばれてお笑いをやっている

屋敷「でも、キングコングさんも最初に頭ギュっと飛び抜けたのはお笑いやないですか」
西野「うんうん」
屋敷「僕ら今、お笑いでもまだギュっと行けてない状態から、その太柱(副業)を作っても大丈夫なんですか?」
西野「いや、俺やったらやるけどね」
嶋佐「へぇ~!」
屋敷「マジっすか!? 僕らみたいな状況で、7年目で、いまいちテレビに出れてないっていう状況でも行きます?」

西野さんは先ほど理解しやすい例としてBIG3を挙げましたが、次はニューヨークにとってよりイメージしやすい身近な芸人を挙げてその根拠を説明します。

西野「あの、ブロードキャスト!!の房野が多分、良い例だと思うんだけど、あいつ元々超腕あったやん」
屋敷「はい、めちゃくちゃツッコミ上手いです」
西野「でも、出れてなかったやんか」
屋敷「はい」
西野「でも、こないだ歴史の本(『笑って泣いてドラマチックに学ぶ 超現代語訳 戦国時代』)を書いて、それがパッとこう、ちょっと売れて、っていうことで番組に歴史の人として呼ばれて、テレビにね」
屋敷「なるほど」
西野「で、そこにさえ呼ばれさえすれば、そこの絡みではお笑いができるから、それで結局あいつはテレビでお笑いをやってたんだけど」
屋敷「うん」
西野「って言うと、結局テレビでお笑いをできてるから」
屋敷「なるほど、そのきっかけを、ってことですか?」
西野「そうそう、外から行く」

副業を持つことが実はテレビでお笑いをやる近道になっている。そうニューヨークにアドバイスする西野さん。

ところが、ビートたけしさんが若手のときに「いいっすよ、俺こっちでやりますんで」と言ったら、それは「舞台」を指していました。場所が変わっただけで、やってることは同じお笑いです。ある意味、ニューヨークが羨む時代だったのかもしれません。

ビートたけしにとって漫才師であることは素晴らしい隠れ蓑

2016年12月25日放送「ビートたけしのTVタックル」(テレビ朝日)

司会はビートたけし。
進行は阿川佐和子。
レギュラーは大竹まこと。
ゲストは爆笑問題(太田光・田中裕二)、テリー伊藤、おのののか、他。

「2016年をザワつかせた30人」という年末特番らしい企画で、この年に亡くなった大橋巨泉さんを追悼する映像が流れました。

その映像とは、25年前(1991年)、同番組にやってきた巨泉さんがテレビについて語る姿でした。ちなみにこのとき巨泉さんは57歳で、たけしさんは44歳。

巨泉「僕はテレビの人なんですよ、テレビ屋なんですよ、テレビしかないんですよ、ビートたけしにとってテレビはワンオブゼムなんですよ
阿川「ええ」
巨泉「彼は、もともと出が舞台の人でしょ、映画監督もやれば、映画にも出れば、ドラマにも出るわ、彼にとってテレビはね、あの~、ひとつはお金を稼ぐ場所であり、ひとつはカタルシスであり、ひとつはね、やっぱり数打ちゃ当たってね、どんどん変わっていくこと、で、(いざと言う時でも)深刻にもなんにもならないんだもん」
たけし「何のためにお笑いタレントやってるかってのを考えてくれないと、お笑いタレントってずっとね、社会的にいえばね、差別されてた人たちだから」
巨泉「うんうん」
たけし「芸能界では特に、一番低ランクなんだから、漫才とかそういうのは、そういうものからスタートすると、一番楽なんですよ、いつでも逃げ帰るところがある
巨泉「そう、あるんだから、彼にとっては(漫才師であることは)素晴らしい隠れ蓑なの

映像が終わってスタジオに戻ると、今度はたけしさんがテレビについて語り始めます。

ビートたけし「時代がタレントを作る」

たけし「やっぱ、なんでも時代背景があって、巨泉さんの時代ってのはテレビ創成期で、テレビがウワァ~っていく時代にいた人なの」
阿川「勢いがあった」
たけし「運がいい」
阿川「はい」
たけし「で、石原裕次郎さんも日本映画の最盛期なんだよ、そうすると美空(ひばり)さんもそうなの、長嶋・王さんもメジャーリーグがまだ全然浸透してなくて、ジャイアンツだ阪神だ、天覧ホーマーだ、結局時代がタレントを作るんであって、その……どう考えても長嶋さんよりもイチローのほうがバッティング上手いに決まってるんだよ」
太田「うん」
たけし「ね、王さんよりも上手い人がいっぱいいる、だけど、その人間の運不運ってのは、その時代背景があって、そこで上手く生きられた人が当たるってことであって、漫才ブームのときは6組しかいねえんだから、これがグルグル回してたわけでしょ」
田中「そうですね」
たけし「それは運なんだよ、それで漫才比べりゃ、オイラの漫才と今の漫才を比べればダントツで今の漫才のほうが上手いんだよ」
阿川「へぇ~」
たけし「面白いし、だけどオイラのときの時代は、オイラがウケる時代なんだよ、だから、その人の運命って言うわけでもないけども、どの時代に生きて、どの時代のエンターテインメントに所属しているかが非常に大切なんだよね

たけしさんの若手時代と比べたら、今は芸人の地位がだいぶ上がってしまいました。だから下手なことはできません。ライバルもたくさんいます。経済の状況も変わりました。「舞台で食べていけるから別にテレビ出なくても大丈夫です」という交渉ができる芸人は、ほとんどいないでしょう。

でも、もしそう言える時代が再び訪れたらテレビはもっと面白くなる気がします。

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