笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

千鳥の漫才が目指すもの

「声に出して笑っていなくても、頭の中は笑っているような、この雰囲気の感じ完璧でした」。

2017年10月29日放送の「にちようチャップリン」。審査員として客席に座っていたアンガールズ田中さんが、ジェラードンのコントについて感想を求められたときにこう答えました。この田中さんの秀逸なコメントを聞いた瞬間、ふと思ったのです。これってつまり「床暖が効いている」ってことではないかと。

「M-1グランプリ」で優勝したときのネタは好きじゃない

2017年1月19日放送「ニューヨークのオールナイトニッポンZERO」(ニッポン放送)

パーソナリティはニューヨーク(嶋佐和也・屋敷裕政)。
ゲストはNON STYLE石田明。

2008年の「M-1グランプリ」で優勝したNON STYLE。ナイツ、敗者復活から勝ち上がってきたオードリーとの最終決戦を制しての栄冠でした。ところが、ある番組で石田さんが「M-1獲ったときのネタは好きじゃない」と発言していたらしいのです。実際に番組を観ていたニューヨークが、この発言の真意を尋ねます。

屋敷「なんかの番組で石田さんがしゃべってるの見て、『M-1獲ったときのネタなんか全然、俺好きじゃないねん』みたいなことを石田さんが言ってはったの見て」
嶋佐「俺も見た」
屋敷「それってなんか、すごい感覚やなって思ったんですよ、僕らが漫才師としてちょっとやらせてもらってるときに」
石田「うん」
屋敷「好きじゃないネタ、これやったらでも獲れるって思ってみたいなことですか?」
石田「それしか戦い方がなかったんや、そんときは」
屋敷「いろいろ消去法で考えた結果、『これや!』ってなったんですか?」
石田「うん、根本好きなネタやで、元々言うとな、でも、結局好きじゃない形に落とし込めていってるわけやんか」
屋敷「なるほど」
石田「言うとさ、ダラダラやってる漫才が実は一番楽しいやん、俺ら」
屋敷「まあまあ、制限なく」
嶋佐「確かにそうですね、やってる分は」
石田「うん、体脂肪多めのほうがいいやん」
嶋佐「はい」
石田「あんなもうさ、細マッチョのさ、漫才なんか、何が楽しいねんっていう」
屋敷「あ~、そういうことか」
石田「そうそう、楽しいか楽しくないかでいくと、楽しくないやん、うん、やっぱ2人が楽しくないと漫才ってよくないと思うから」
屋敷「そうっすね」
石田「その観点からいくと、やっぱ全然好きじゃない」
嶋佐「なるほどな~」

では、実際どのような形に落とし込めていったのでしょうか。

NON STYLEの漫才は二重奏

屋敷「それって、ネタの細かいアレはいろいろ考えたと思うんですけど、なんかでっかく変えたことあります? その、ネタじゃない部分で、例えばペースめっちゃ上げたとか」
石田「あ~、やっぱりそれは、たまたま『(爆笑)レッドカーペット』ブームも来たから」
屋敷「はいはい、ありましたね」
石田「1分間で漫才をせなアカンという波が来てたから、そこで俺たちは結構やってたんやけど、これでもアカンと、これぐらいは誰でもできるってのがあったから」
屋敷「はい」
石田「それ以外でなんかちょっと、普通のボケの本線と違うところで笑いを取りたい、二重奏じゃないけど、ふたつ並行しながら笑い取っていけたら、ひとつのフリで2個ポイント取る」
屋敷「なるほど、システム的なことで」
石田「っていうのが、ふんわりあって、それをやろうと思ってて、だから試行錯誤があってあの形になった、ツッコまれたあとにまた自分でツッコむっていう」
嶋佐「なるほどな~、やっぱシステムから考えた……」
石田「そのときは、だからシステムから考えるときってやっぱ楽しくない」

「M-1グランプリ」で勝つという目的があるので仕方ない面もあるが、システムばかりに気を取られてしまうのはよくない傾向だと話す石田さん。

関係性で笑いを取る千鳥の漫才

石田「やっぱネタと、ネタ部分でウケて、それプラスアルファ、やっぱ2人の関係性でウケるのがベストなのよね」
嶋佐「はいはい」
石田「やっぱそこを出すと、めちゃくちゃ強いわけ」
屋敷「関係性か……」
石田「そうそう、だから、ボケとかそういうところじゃないところ」
嶋佐「はいはい」
石田「千鳥さんなんていうのは、それの最たるもんで」
屋敷「まあ、そうですね」
石田「関係性で笑いを取ってんねん、ネタ部分と関係性、それでもっと言うと、中川家さんとか、華大(博多華丸・大吉)さんとか、もうね、ずっと人柄が出てるやん」
屋敷「そうですね、それめっちゃ言われるんですよ! 『ニンとかを出せ』みたいな」
石田「そうそう、だから人柄が見えへんから、ただ2人で面白いことをしてる人たちになっちゃう」
屋敷「そうですね」
石田「じゃなくて、『あの人たち面白いよね』、『あのネタ面白いよね』じゃなくて『あのコンビ面白いよね』って言われるようになってかなアカンから
屋敷「確かにな~」
石田「それは俺も勉強中やけど」

このあと、千鳥を筆頭に2人の関係性が見える漫才師たちの強さを石田さんが分かりやすく説明してくれました。

床暖が効いている漫才

屋敷「それ(関係性で笑いを取ること)って最初から絶対に意識してないですよね、とりあえず闇雲に作るやないですか、ネタなんて」
石田「そうそう」
屋敷「どっかのタイミングで『それや!』って思ったってことですか? もう本当のことやろう、言おうみたいな」
石田「なんかもうホンマ……自分のネタ見ててもそうやし、他の人のを見てても、ある日、さっきのボケはウケたのに次のやつ、なんかもう冷めて、次のボケも面白かったのに、さっきの冷めがあったせいで、あんまハネてへんな~とか」
屋敷「はい」
石田「どんどんウケにくくなっていく、『これ、なんやろうな?』みたいな、でも! この人らってそんなにバガバガ面白いボケ出してないのに、『なんかずっとウケてんねんな……』っていう人も」
屋敷「いや、分かりますわ」
石田「で、俺はこれをもう最近は、床暖が効いてるタイプか、効いてないタイプか
屋敷「なるほど」
石田「このホクホク、人間同士のやつがあって、床暖効いてるから結構長いことウケてなくても見てられるのよ、なんかずっとニヤニヤしちゃうというか」
屋敷「はいはい、なるほど」
石田「でもホンマにシステムだけでやってるとか、ただ面白いことをやりたいだけの人ら、だからそこに熱、人間としての温度がないヤツって、やっぱもう……ゴリゴリのコンクリート打ちっぱなしみたいなもんで、すぐ冷えんねん」
屋敷「なるほどな~!」
石田「だからバーン! いいボケしても、次でなんかスーン……ってなる」
屋敷「はいはいはい」
石田「結構おるやろ?」
屋敷「はい、おるし、経験ありますわ」
石田「そうそう、アレってだからただの大喜利でしかない」
嶋佐「はい」
石田「大喜利と同じ現象やねん」
屋敷「面白いことを言うか言わんかのジャッジでしかないってことですか? そのお客さんが」
石田「そうそう、だから中川家さんがさ、出番10分やねんけど、たまにスイッチ入ってもうて10分のところ15分ぐらいやって、で、その延びた5分、もうスイッチ入りすぎてお客さんついてこれずに、チンチンにスベってるときあんねん」
(スタジオ笑)
石田「その5分間、好きなことやりまくって」
嶋佐「一瞬ありますね、合間合間に」
石田「あるやんか、でもそれって皆見てられる、めちゃくちゃ楽しいやん、笑いぞせえへんけどめっちゃ楽しい、ああいうことやねん」
屋敷「なるほどな~、深いなぁ……」

千鳥の漫才に関しては、ナイツの塙さんも同じような分析をしていました。

千鳥の漫才を真似するのは難しい

2018年3月3日放送「ナイツのちゃきちゃき大放送」(TBSラジオ)

パーソナリティはナイツ(塙宣之・土屋伸之)。
アシスタントは出水麻衣。
ゲストは千鳥(大悟・ノブ)。

志村けんさんとプライベートでよく飲む大悟さん。そのときお笑いについて真面目に語ったりもするのだそうです。

大悟「今のワシらの漫才とかも、『よく被せ(かぶせ)やるよね、アレは実は、腕がないとできないんだよね』とか」
塙「見てるんだ」
ノブ「そう」
大悟「志村さんも結構しつこいのやるやん」
土屋「うんうん、しつこいのね、ふふっ」
ノブ「あとあとドリフ見返すとそうやねんな」
塙「アドリブっぽくやったりとか、舞台を楽しそうにやるのとかね、ちゃんとした技術がないとできないから」

千鳥の漫才が高い技術によって支えられていることを見抜いていた志村さん。このエピソードを聞いて、塙さんも黙っていられません。

塙「やっぱ千鳥の漫才とかを、僕らが本当に正月とかに見て、もうめちゃめちゃ無双状態になるときあるじゃん、ウケてて」
ノブ「いやいや、ないよ」
塙「僕らってね、ちょっと機械っぽいから、その、割と淡々とやるじゃない」
土屋「うん」
塙「やっぱ年的に40(歳)だし、ちょっとこの人間の感情じゃないけど、そういうの入れたいなって思ってて、すごい参考になるのね
ノブ「へぇ~」
塙「だけど、さっき志村さんが言ってたけどさ、難しいじゃん、そういうのって」
ノブ「はいはい」
塙「簡単そうで、それをなんか若手とかがさ、やっぱ1年目とか2年目がやろうとするじゃん、アレ腹立つんだよな」
(スタジオ笑)
土屋「結局若手批判かよ」
大悟「なんでも真似から始まるやん」
ノブ「俺らを褒めてくれるんかなと思ったら、若手批判や」
(スタジオ笑)

ここで『週刊少年ジャンプ』の話を持ち出してくる塙さん。

塙「今の『ジャンプ』と一緒で、今『ジャンプ』がさ」
土屋「ジャンプ?」
塙「新連載がすぐ終わるのよ」
ノブ「はいはい」
塙「結局ね、『ドラゴンボール』も、『キン肉マン』も、『HUNTER×HUNTER』も、元々ちょっと違う話から始まって、で、なんとかトーナメントみたいになっていくのよ」
大悟「うん」
ノブ「天下一武道会みたいに」
塙「天下一武道会とか始まって人気になっていくのに、そのパターンを知ってるから、今の漫画家が、初めから天下一武道会やろうとするんだけど」
ノブ「なるほど!」
塙「まだそいつらのキャラクター知らねえよ、みたいな」
ノブ「はいはい!」
塙「千鳥はやっぱりいろんなことやってきて、スベったこともあったし、M-1で、それをやってきたから今面白いわけじゃん?」
ノブ「なるほど」
塙「だから『1年目からそういうことすんな!』って言いたいの」
(スタジオ笑)
大悟「それをワシらに言われても」
土屋「はははっ、いや、そうだね」
ノブ「昼からアチ~、アチ~な~、昼から」

塙さんの例え話にノブさんは大きくうなずいていました。その理由はきっとノブさん自身が意識してやってきたことだからでしょう。

漫才のネタを変えるのではなく自分たちがポップな存在になればいい

2018年4月21日放送「オードリーのオールナイトニッポン」(ニッポン放送)

パーソナリティはオードリー(若林正恭・春日俊彰)。
ゲストは千鳥ノブ。

若手時代はとにかくトガっていた千鳥。それを象徴するエピソードを聞けば聞くほど今の千鳥とはギャップがあるので、若林さんが率直に尋ねます。何か変化するきっかけみたいなターニングポイントはあったのかを。

若林「別にどこかで、なんかこう自分を変えようとか思ったとかないんですよね? 今日まで、その、ちょっと変えたほうがいいのかな……とか」
ノブ「え~っと……でもあるある、全然ある」
若林「やっぱあるんすか、(芸暦)2年とか3年でM-1決勝出て、なんかキツかった時代とかあるんですか? ここの3年キツかったな~みたいな」
ノブ「あ~、でもな、あるある」
若林「何年ぐらいですか?」
ノブ「M-1の、2003年にM-1出て……続けて出たんかな? 2004年ぐらいに出たときに」
若林「すごいことっすよね、(芸暦)3・4年で」
ノブ「そう、連続で出たけど、まあどっちも最下位やって、全然やったけど」

それでも周りの芸人やスタッフからは「攻めててよかったよ」と声を掛けてくれたそうです。だからそこでもっと調子に乗ってしまい、気が付いたら腫れ物扱いされていた。そう当時の状況を振り返るノブさん。

ノブ「そんぐらいのときに、大イキリ仕事ナイM-1最下位ぐらいの、腫れ物みたいなときに、情報番組の仕事が来たのよ」
若林「はいはい」
ノブ「大阪で」

夕方放送で、年配のアナウンサーが司会という、いわゆる「ヒルナンデス」よりももっとお笑いの要素がない情報番組だったとのこと。当然ながら、千鳥の笑いを理解している周囲の芸人やスタッフからは「なんで千鳥があんなの出るの?」という疑問の声が上がりました。しかし、ノブさんは耳を貸しませんでした。

ノブ「俺は、なんかその、しようもない漫才してたのよ、なんのこともない、なんの時事ネタも入れない……なんかキャッチーな話題でもないネタ」
若林「はい」
ノブ「アイドルのことを言うわけでもないようなネタ、もうどうでもいい、おにぎりなら、おにぎりだけの話の漫才をしてて」
春日「はいはい」
ノブ「ウケなかったんやけど、どうにか、このネタを変えるんじゃなくて、俺らがポピュラーになれば、ポップな存在になれば、こんななんかしようもないトガったネタも、ウケるようになるんじゃないかと思って
(唸る若林)
ノブ「これはちょっと……迎合作戦に入ろうということで、まあ、やり出したのが」
若林「あ~」
ノブ「だから情報番組、そっからしこたま出たな~」
若林「お馴染みの顔になれば」
ノブ「そうそう!」
若林「入り口は開いてますもんね」
春日「なるほど、見やすくなりますもんね」
ノブ「そうそう、だから見る感じが変わる」

そのような考えに至るきっかけは、師匠たちの漫才でした。

ノブ「なんか昔、ダイマル・ラケット師匠とか……だからカウス・ボタン師匠の、なんか師匠」
若林「はい」
ノブ「あと、いとし・こいし(夢路いとし・喜味こいし)師匠とか、『えっ! こんな漫才?』みたいな」
若林「はいはい」
ノブ「ハンバーガーの順番、おじいちゃんが2人出てきて」
(スタジオ笑)
ノブ「『いやいや、どうもこんにちは』って出てきて、『君、ハンバーガー食べたことある?』みたいな」
春日「ははははっ」
ノブ「『ワシかてあるわい』みたいな、『一番下はなんや?』『レタスや』『パンや』」
若林「あはははっ」
ノブ「みたいなことを10分ぐらい、もうこれだけ! この順番のことだけ、これがしたい……と思って」
若林「あ~」
ノブ「で、『なんでこれでウケてるんだ?』っていうのはもう、認知されて、すげ~ポピュラーな存在になってるから」
春日「なるほど」
ノブ「こんなくだらないこともウケるようになるんだと思ったから」

千鳥が目指したい漫才とは、まさに「床暖が効いている」漫才そのものな気がしてなりません。

ナナメの夕暮れ

ナナメの夕暮れ

大橋巨泉「ビートたけしにとってテレビはワンオブゼム」

「決勝当日は有給をとる」。

こう語ったのは「R-1ぐらんぷり2018」で決勝に進出したカニササレアヤコさん。彼女はロボットエンジニアとして働きながら、フリーで芸人もやっています。だから大会への意気込みを聞かれた際、このような兼業芸人ならではのコメントとなったわけです。

最近、賞レースの決勝進出者にカニササレアヤコさんみたいな兼業芸人が増えてきた気がします。女芸人ナンバーワン決定戦「THE W」には鳥取市職員の押しだしましょう子さんがいましたし、「キングオブコント」で旋風を巻き起こしたにゃんこスターに密着する番組では、アンゴラ村長がスーツを着て会社に出勤する姿がありました。

たとえ賞レースで最後まで残る実力があったとしても「芸人の仕事」だけで食べていくのは難しい。そんな悲しい現実を読み取ることもできるでしょう。しかし副業を持つことは、芸人を続けるための保険になるだけではありません。武器にもなります。その武器が使える場面は、交渉のテーブルについたときです。

兼業作家でないと編集者と対等に話せない?

2017年7月2日放送「ボクらの時代」(フジテレビ)

出演者は万城目学(作家)、森見登美彦(作家)、上田誠(劇作家)。

作家はどれぐらい本が売れたかで収入が決まるので、人生設計ができません。よって会社に勤めながら作家デビューを果たした新人に対して、編集者はこう助言するそうです。「仕事は絶対辞めてはいけませんよ」。

すると森見さんが自身の経験から付け加えます。別の意味でも辞めてはいけないと。

森見「編集者の人に対して、対等に話せないと思ってたんですよ、やっぱりその、生活の糧が別にないと
上田「力関係も含め」
森見「そうそう、原稿の仕事もらわなきゃって立場になってしまうと」
上田「うん」
森見「もっと辛いやろうと思って、やっぱ僕怖かったですね」

つまり副業を持っていれば交渉するときに妥協しないで済む。これと似た話を、キングコング西野さんもしていました。

テレビで好きなことをやるためにはテレビに出なくても大丈夫な状況を作っておく

2016年12月15日放送「ニューヨークのオールナイトニッポンZERO」(ニッポン放送)

パーソナリティはニューヨーク(嶋佐和也・屋敷裕政)。
ゲストはキングコング西野亮廣。

ニューヨークはネタ番組にちょくちょく呼ばれたりしてそれなりに露出があるので、全く売れてないわけではありません。ただし同期のおかずクラブや横澤夏子さんと比べてしまうと、大きく水をあけられている状態です。

西野「ニューヨークってどうなってるの? 売れてるの、売れてないの? ムズいねん、ニューヨークの扱い」
屋敷「売れてないです! 売れてないです!」
西野「でも、『オールナイトニッポン』やってるってことは売れてるんじゃないの?」
屋敷「う~ん……そういう、お金にならんことはやらせてもらってますけど」
(スタジオ笑)
西野「ふふっ、『オールナイトニッポン』、金にならんのかいな」
屋敷「その、西野さんの真逆やってます、俺らは」
西野「そう言うとお前らのこと応援したくなるやろがい!」
(スタジオ笑)
屋敷「金にならんけど、オモロいことやってます、俺ら」
(スタジオ笑)
西野「いやいや、そういう風でありたいねん! 俺も!」

両者は同じ吉本所属なだけでなく、「西野亮廣と西野を嫌いな4人の男たち」というライブでも共演しているので、信頼関係ができているのでしょう。序盤から後輩のニューヨークが深く踏み込んで、西野さんとの間に分かりやすい対立構造を作ります。

ネタ番組に呼ばれる以外では、「M-1グランプリ」や「キングオブコント」といった賞レースに挑戦したり、単独ライブをやったりと、芸人としては「ストロングスタイル」で戦っているニューヨーク。そんな彼らの目標は、テレビで好きなことをやりたい、そしてお金を稼ぎたい。

この目標に向けて何が必要なのか。西野さんの知恵を借ります。

西野「好きなことやるってなったら、当然だけど、交渉できないといけないから
屋敷「会社と」
西野「会社もそうだし、テレビ局もそうだし、まあラジオもそうなのかな? ラジオを僕やってないから分からないけど」
屋敷「はい」
西野「交渉できないと、『その条件だったらやらないですよ』っていう、交渉できないといけないから」
嶋佐「はい」
西野「まず、当たり前だけど、テレビでそういう交渉をしようと思ったら、テレビ出なくても大丈夫ですよっていう状況作っておかないと、テレビでの交渉はムズいんじゃない
屋敷「なるほど、こっちから今出させてもらってますっていうスタンス……」
西野「って言うとやっぱり、当たり前だけど、用意されたものをやるのかやらないのかで、『やらない』って言ったら、『じゃあ、お前らいらん』となって」
屋敷「その状況ですね、まさに」
西野「『いらん』って言われても、『いいっすよ、俺こっちでやりますんで』っていうのを作っとかないと……まあ、ニューヨークに限らずやで」

西野さんの場合は絵本などの創作活動がそれに当たるのでしょう。

ここまで話を素直に聞いていたニューヨークは、あえて異論を唱えてかき乱します。

BIG3はお笑いだけをやっているわけじゃない

屋敷「でも、お笑い以外のことやるのとかダサないですか?」
(スタジオ笑)
西野「真っ直ぐな目でなんちゅうこと言うねん、やってんねん、こっち、絵本書いたり」
屋敷「くふっ、芸人やのに」
西野「真っ直ぐお前、何を殺しに来てんねん、工夫して殺せや」
(スタジオ笑)

笑いのためだけのツッコミで済ますのではなく、冷静に考えてみたいテーマです。本当にお笑いだけで食べていくことは不可能なのでしょうか。

嶋佐「お笑いだけで行くためのアドバイスとか、なんかあります?」
西野「いやだから、それはもう……このご時勢に?」
嶋佐「はい」
屋敷「例えば」
西野「でも、そんなこと言い出したら、例えば、さんまさんだってトレンディドラマ出てたで」
嶋佐「そうっすね」
西野「そうやで、ほんで、タモリさんだって別にお笑いだけでっていう、たけしさんも別にお笑いだけで、じゃ実はないで」

BIG3のみならず、お笑い第3世代と呼ばれる芸人たちもそうです。とんねるずもダウンタウンもウンナンも、3組とも曲を出して「NHK紅白歌合戦」に出ていました。

とはいえ、そういった先輩たちやキングコングは、まずはお笑いで成功を収めてから別のジャンルに挑戦しています。

ブロードキャスト!!房野は歴史の人としてテレビに呼ばれてお笑いをやっている

屋敷「でも、キングコングさんも最初に頭ギュっと飛び抜けたのはお笑いやないですか」
西野「うんうん」
屋敷「僕ら今、お笑いでもまだギュっと行けてない状態から、その太柱(副業)を作っても大丈夫なんですか?」
西野「いや、俺やったらやるけどね」
嶋佐「へぇ~!」
屋敷「マジっすか!? 僕らみたいな状況で、7年目で、いまいちテレビに出れてないっていう状況でも行きます?」

西野さんは先ほど理解しやすい例としてBIG3を挙げましたが、次はニューヨークにとってよりイメージしやすい身近な芸人を挙げてその根拠を説明します。

西野「あの、ブロードキャスト!!の房野が多分、良い例だと思うんだけど、あいつ元々超腕あったやん」
屋敷「はい、めちゃくちゃツッコミ上手いです」
西野「でも、出れてなかったやんか」
屋敷「はい」
西野「でも、こないだ歴史の本(『笑って泣いてドラマチックに学ぶ 超現代語訳 戦国時代』)を書いて、それがパッとこう、ちょっと売れて、っていうことで番組に歴史の人として呼ばれて、テレビにね」
屋敷「なるほど」
西野「で、そこにさえ呼ばれさえすれば、そこの絡みではお笑いができるから、それで結局あいつはテレビでお笑いをやってたんだけど」
屋敷「うん」
西野「って言うと、結局テレビでお笑いをできてるから」
屋敷「なるほど、そのきっかけを、ってことですか?」
西野「そうそう、外から行く」

副業を持つことが実はテレビでお笑いをやる近道になっている。そうニューヨークにアドバイスする西野さん。

ところが、ビートたけしさんが若手のときに「いいっすよ、俺こっちでやりますんで」と言ったら、それは「舞台」を指していました。場所が変わっただけで、やってることは同じお笑いです。ある意味、ニューヨークが羨む時代だったのかもしれません。

ビートたけしにとって漫才師であることは素晴らしい隠れ蓑

2016年12月25日放送「ビートたけしのTVタックル」(テレビ朝日)

司会はビートたけし。
進行は阿川佐和子。
レギュラーは大竹まこと。
ゲストは爆笑問題(太田光・田中裕二)、テリー伊藤、おのののか、他。

「2016年をザワつかせた30人」という年末特番らしい企画で、この年に亡くなった大橋巨泉さんを追悼する映像が流れました。

その映像とは、25年前(1991年)、同番組にやってきた巨泉さんがテレビについて語る姿でした。ちなみにこのとき巨泉さんは57歳で、たけしさんは44歳。

巨泉「僕はテレビの人なんですよ、テレビ屋なんですよ、テレビしかないんですよ、ビートたけしにとってテレビはワンオブゼムなんですよ
阿川「ええ」
巨泉「彼は、もともと出が舞台の人でしょ、映画監督もやれば、映画にも出れば、ドラマにも出るわ、彼にとってテレビはね、あの~、ひとつはお金を稼ぐ場所であり、ひとつはカタルシスであり、ひとつはね、やっぱり数打ちゃ当たってね、どんどん変わっていくこと、で、(いざと言う時でも)深刻にもなんにもならないんだもん」
たけし「何のためにお笑いタレントやってるかってのを考えてくれないと、お笑いタレントってずっとね、社会的にいえばね、差別されてた人たちだから」
巨泉「うんうん」
たけし「芸能界では特に、一番低ランクなんだから、漫才とかそういうのは、そういうものからスタートすると、一番楽なんですよ、いつでも逃げ帰るところがある
巨泉「そう、あるんだから、彼にとっては(漫才師であることは)素晴らしい隠れ蓑なの

映像が終わってスタジオに戻ると、今度はたけしさんがテレビについて語り始めます。

ビートたけし「時代がタレントを作る」

たけし「やっぱ、なんでも時代背景があって、巨泉さんの時代ってのはテレビ創成期で、テレビがウワァ~っていく時代にいた人なの」
阿川「勢いがあった」
たけし「運がいい」
阿川「はい」
たけし「で、石原裕次郎さんも日本映画の最盛期なんだよ、そうすると美空(ひばり)さんもそうなの、長嶋・王さんもメジャーリーグがまだ全然浸透してなくて、ジャイアンツだ阪神だ、天覧ホーマーだ、結局時代がタレントを作るんであって、その……どう考えても長嶋さんよりもイチローのほうがバッティング上手いに決まってるんだよ」
太田「うん」
たけし「ね、王さんよりも上手い人がいっぱいいる、だけど、その人間の運不運ってのは、その時代背景があって、そこで上手く生きられた人が当たるってことであって、漫才ブームのときは6組しかいねえんだから、これがグルグル回してたわけでしょ」
田中「そうですね」
たけし「それは運なんだよ、それで漫才比べりゃ、オイラの漫才と今の漫才を比べればダントツで今の漫才のほうが上手いんだよ」
阿川「へぇ~」
たけし「面白いし、だけどオイラのときの時代は、オイラがウケる時代なんだよ、だから、その人の運命って言うわけでもないけども、どの時代に生きて、どの時代のエンターテインメントに所属しているかが非常に大切なんだよね

たけしさんの若手時代と比べたら、今は芸人の地位がだいぶ上がってしまいました。だから下手なことはできません。ライバルもたくさんいます。経済の状況も変わりました。「舞台で食べていけるから別にテレビ出なくても大丈夫です」という交渉ができる芸人は、ほとんどいないでしょう。

でも、もしそう言える時代が再び訪れたらテレビはもっと面白くなる気がします。

ゲバゲバ人生 わが黄金の瞬間 (講談社+α文庫)

ゲバゲバ人生 わが黄金の瞬間 (講談社+α文庫)

「型」をズラしていく人のほうが生き残れる

前回は『今田耕司「皆売れるとタレ目になってくる」』という記事を書きました。

これを書くきっかけとなったのが、文芸誌の『群像』に掲載されている連続対談「今夜、笑いの数を数えましょう」。いとうせいこうさんとバカリズムが笑いについて考察するトークイベントなのですが、そこで語られた「笑顔の重要性」に注目して、今田さんの持論へと繋げました。

実はもうひとつ、この対談を読んで考えさせられたテーマがあります。それは「狂気の線をどこに移動させるか」という問題です。程度の差はあれど、表現者なら誰もが抱く悩みなのかもしれません。

バカリズム「笑いが少なくても寒くなければいい」

2018年1月6日発売『群像 2018年2月号』(講談社)

聞き手は、いとうせいこう。
ゲストはバカリズム(升野英知)。

バカリズムがネタ作りで意識しているのは、「寒くないことをやるにはどうしたらいいか」。つまりスベりたくない。その姿勢は徹底していて、「笑いが少なくても寒くなければいい」とまで言うのです。

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今田耕司「皆売れるとタレ目になってくる」

2018年2月号の『群像』を買いました。

お目当ては、『いとうせいこう連続対談「今夜、笑いの数を数えましょう」』。下北沢の本屋「B&B」で開催されたトークイベントです。このイベントの模様が『群像』に掲載されているという情報を得て、確認してみると対談相手がバカリズムではありませんか。買わない理由がありません。

それで今回の対談を読んでみて特に印象に残ったのが、「笑顔の重要性」についての話でした。

ちなみにバカリズムはイベント3回目のゲストで、第1回は放送作家の倉本美津留さん、第2回はケラリーノ・サンドロヴィッチさん、そして先日開催された第4回は、歌人の枡野浩一さんがゲストでした。今後も定期的にイベントが続き、そのうち対談をまとめたものが一冊の本になったら嬉しいです。(追記:2019年2月に『書籍化』されました!)

バカリズム「僕たぶんいい笑顔してるっぽいんですよ」

2018年1月6日発売『群像 2018年2月号』(講談社)

聞き手は、いとうせいこう。
ゲストはバカリズム。

いとうせいこうさんが主宰するトークライブ「今夜、笑いの数を数えましょう」。3回目はバカリズム(升野英知)をゲストに迎えて、「笑い」について様々な視点から考察していきます。

「意外性の笑い」について深く掘り下げたあと、次はその対極である「安心感の笑い」にテーマが移ります。

升野 意外性ですよね。あと安心感の笑いもあります。何回も見たことある昔から好きなネタとか安心感があります。
いとう クスクスっていうかニコニコっていうか、僕は愛嬌と一応呼んでるけど。ネタも何回見ても笑えるっていうのを含めて愛嬌なんだよね。

テレビに出るときは、この「安心感の笑い」すなわち「愛嬌」が重要になってくる。いとうさんがそう述べると、升野さんも同意します。なぜならまさにそれをテレビで実践中だから。

升野 視聴者を安心させることは大事ですね。
いとう 升野はそれがある時期から出たね。
升野 三十代半ばぐらいから、やっぱり愛嬌は必要だなって思って。それからは意識的に出してきましたね。若手の時はどっかで拒否してる部分があったんです。十代、二十代は背も小っちゃいしかわいいって言われることがあったんです。でも、そこはものすごく拒絶してたんですけど、最近はこれも一個の武器としてものすごくあざとく笑うようになりました(笑)。
いとう そうだよ! よく笑うようになったんだよ!
升野 それをやるようになってめきめきとお仕事が増えましたね。
いとう (爆笑)大事なことなんだよ!
升野 やってる中でわかったんですけど、僕たぶんいい笑顔してるっぽいんですよ
いとう (爆笑)お前も言うね。
升野 愛嬌のある笑顔をしてるっぽいんです(笑)。だからね、取材やCMとかでも笑顔を求められるからもう存分に笑ってますね。減るもんじゃないし。
いとう そうだな。

ホンジャマカの石塚さんもラジオ番組で話していました。升野さんが言う「愛嬌のある笑顔」がいかに大切かを。

石塚英彦「基本笑ってればそこそこ芸能界やっていける」

2018年1月5日放送「よんぱち 48hours」(TOKYO FM)

代理パーソナリティはホンジャマカ石塚英彦。
アシスタントは柴田幸子。
ゲストはブリリアン(ダイキ・コージ)。

昨年、ブルゾンちえみと組んだユニット「ブルゾンちえみ with B」で大ブレイクを果たしたブリリアン。

彼らに対して石塚さんは「しゃべらないのに存在感があるのがすごい」と称賛を惜しみません。とはいえ、2017年の快進撃はブルゾンちえみのおかげと言っても差し支えないでしょう。それは彼らも冷静に受け止めていて、その上で2018年はブリリアン単体でも活躍できるよう頑張っていきたいと真摯に語っていました。

そう語る彼らの目の前には、同じナベプロの先輩である石塚さんがいます。ブリリアンにとって願ってもないチャンスです。しかし、直属の先輩だからこそ気軽に相談できないのかもしれません。そんな空気を察したのか、柴田さんが代わって切り出します。

柴田「なんかお2人から石塚さんに、ご相談とか、ありますか?」
ダイキ「そうですね、やっぱりその、僕らも芸人としてロケ行って、食レポとかをよくやるんですけど、全然上手くできなくて、コツとかって……あるんですか?」
石塚「それは全部ね、彦摩呂に聞いて欲しいんだけども」
柴田「うふふっ」
石塚「俺の場合、基本『まいうー』しか言わないから」
(スタジオ笑)

まずは謙遜を入れておいてから、石塚さんなりの食レポのやり方を明かします。

例えばハンバーグみたいな誰もが知るグルメだったら味には言及せず、「東京ドームにしか見えない」という風に見た目を例えたり、もしくは「学習塾の帰りに食べたい」みたいにどういうシチュエーションで味わいたいかをコメントしたりして、差別化を図るのだそうです。

だからといって他人と違うことばかりを追い求めるのもよくない。奇をてらったり、技術に走ったりしても、視聴者はそれが本心でないことを見破ると言って釘を刺します。

石塚「レポーターの数だけ表現がありますからね、ああいう彦摩呂節みたいな例えを持ってくるのもあれば、もうあの、亡くなってしまいましたけど、阿藤快さんみたいに、どこまでも正直なコメント」
柴田「はい」
石塚「だって田舎のね、優しいおばあちゃんが『コレどうぞ』つって食べて、『しょっぱい!』って言っちゃうんだから」
(スタジオ笑)
石塚「ただ、観ているほうは、それが本当なんだなっていう」
柴田「そっかぁ、確かに」

素直であれ。これは食レポに限らず芸能界で生き残っていくために必要な姿勢である。そうブリリアンに語りかける石塚さん。

石塚「あとね、基本笑ってればそこそこ芸能界やっていけるんで
(スタジオ笑)
柴田「本当ですか? 笑ってれば、でもそれがやっぱり一番ですかね」
石塚「結構でも、芸能界で残ってる人とか見ると、相手のしゃべりに対しても本当に素直に笑ってる人とか、見てて気持ちいいし
コージ「はい」
石塚「例えば自分がもしMCやったら、そばに置いときたいと思うんだけども」
コージ「あ~、そっかぁ」
柴田「確かに」
石塚「えっ、これ何? こういう時間でいいの、今」
(スタジオ笑)
柴田「こういう時間でいいんですよ」
石塚「これ別に、事務所で言えばいい話」
(スタジオ笑)

石塚さんの理論を聞いて、過去に同番組で紹介された今田耕司さんの言葉が脳裏に浮かびました。

今田耕司「皆売れるとタレ目になってくる」

2014年8月15日放送「よんぱち 48hours」(TOKYO FM)

パーソナリティは鈴木おさむ。
アシスタントは三浦茉莉。
ゲストはKis-My-Ft2北山宏光。

先日放送された「FNS27時間テレビ」(2014年7月26日放送)は、SMAPが総合司会(MC)を担当しました。

この番組内の「スマップBUSAIKU!?」というコーナーで、SMAP5人を仕切るという大役を果たした北山さんは、改めてMCとして確固たる地位を築いている中居さんの凄さを確認したそうです。

鈴木「やっぱりこないださ、『キスマイBUSAIKU!?』でもさ、北山君がやんなきゃいけないってときに、中居君がリーダーで仕切ってくるじゃない」
北山「はい」
鈴木「やっぱなんか空気が変わって面白いよね、ああいう瞬間にね」
北山「だからなんか、自分もそういう空気を作れる、MCになんなきゃなっていうのはすごいありますよね、声のトーンもそうですし」
鈴木「声のトーンね、確かに」

中居さんとの共演を通じて、もっとMCとして成長したいと話す北山さん。するとここで鈴木さんが、舞台を一緒にやっている今田さんが何気なく放った言葉を紹介します。

鈴木「こないだ今田(耕司)さんが言ってて面白かったのが、『皆売れるとタレ目になってくる』っていう」
三浦「えっ?」
鈴木「っていうのは、なんでかって言うと、例えば坂上(忍)さんとかも正直テレビ出たての頃は怖かったし、大丈夫かなって思ったけど、やっぱこうやって司会とか段々やり出すと……皆こう目が大体つってると」
北山「うんうん」
鈴木「怖かったりする人は、有吉とかもそうだけど」
北山「はいはい」
鈴木「でも大体皆売れてくると、すごい顔が変わってくるって言うんだよね」
北山「へぇ~」
鈴木「それに対応してくる感じの顔つきになってきて、だから皆タレ目になってくるというか、目が下がってくるって、面白い表現するなと思って」

老化による自然現象に過ぎない。そういうツッコミが成立する話でもあります。でもそんな単純なことではなくて、外見以外の内面的な要素も全てひっくるめて、その例えとして「タレ目」という表現を今田さんは使ったのではないでしょうか。

今夜、笑いの数を数えましょう

今夜、笑いの数を数えましょう

伝説になっている「めちゃモテ」の企画書

1996年10月に始まった「めちゃイケ」が、2018年3月をもって終了すると発表されました。

21年以上続いたこの番組の輝かしい歴史を語る上で、やはり「めちゃモテ」という前身番組の存在を無視することはできません。

1995年10月にスタートした「めちゃモテ」。時間帯が土曜の深夜で、かつて「夢で逢えたら」を放送していた枠です。つまり「ウンナンやダウンタウンに続く次世代のスターになれ」。そんな期待をフジテレビから背負わされていた気がします。特にナインティナインは。

そして彼らはその周囲の期待に見事応えて、1年後には土曜日の夜8時というフジテレビ伝統の枠に番組が引っ越すことになります。要はゴールデン昇格です。

「めちゃモテ」がなければ「めちゃイケ」は存在しなかった。この当たり前の事実をわざわざ強調してみせたのは、「めちゃモテ」の企画書が、今もなお業界内で語り草になっているという話を番組関係者のラジオで聞いたからです。

一社提供番組はスポンサーにも企画をプレゼンしなければならない

2016年6月24日放送「よんぱち 48hours」(TOKYO FM)

パーソナリティは鈴木おさむ。
アシスタントは岡部茉佑(上智大学生)。
ゲストは前田鎌利(プレゼンテーションクリエイター)。

ゲストの前田さんは孫正義さんのプレゼン資料作りを多数手掛けてきた方で、そこで培ったノウハウを詰め込んだ本(『社内プレゼンの資料作成術』『社外プレゼンの資料作成術』)も出されています。

プレゼンで大切なのは、相手に文章を読ませないこと。そのためには、視覚でパッと内容が理解できるように気を配る。前田さんが番組内で語った様々なテクニックのなかで、これが最も重要なポイントのように思いました。

例えば、フォントの使い分け。安定感があるゴシック体を基本としながら、ネガティブな情報には刺々しいイメージがある明朝体に変えるなどして視覚に訴えるのだそうです。

そしてなにより効果的なのが、文章を短くすること。とりわけ「キーメッセージは13文字以内に納めなさい」と話す前田さん。でも、なぜ13文字なのでしょうか。

前田「人ってパッと見たときに、13文字までだと文章で読まなくても理解できるんです
鈴木「へぇ~」
前田「有名なのが、ヤフートピックスってあるじゃないですか、タイトル、あれ絶対13文字以内なんですよ」
鈴木「うん」
前田「13文字超えるとクリック率が下がるんで、必ずその記事を読ませたいので13文字以内にするんですよね」

視覚でパッと内容を理解してもらう。この重要性を説かれた鈴木さんは、ここで「めちゃモテ」の企画書にまつわるエピソードを披露します。

鈴木「今となってはテレビの企画書も、写真だ、カラーだ、とバリバリの時代になりましたけど、今からね、何年前だろうな? 20年ぐらい前かな、20年ぐらい前に『めちゃイケ』の前身である『めちゃ×2モテたいッ!』」
前田「はいはい」
鈴木「あれって、とある企業の一社提供番組なんですよ」
前田「へぇ~」
鈴木「で、そうなると、一社提供番組って面白いのが、社内のプレゼンだけじゃなくて、要は企業のプレゼンが大事なんですよね

ところが当時は主要メンバーだったナインティナインでさえも、「とぶくすり」というコント番組で若者からの支持を得ていたとはいえ、世間から見たらどこの馬の骨とも分からない若手芸人に過ぎませんでした。

この一筋縄では行かない状況で、フジテレビの片岡飛鳥さんが中心となって作った「めちゃモテ」の企画書。これが当時としてはかなり画期的だったと言います。

「めちゃモテ」の企画を前に動かしたのは決定権を持つ人の娘

これまでテレビ番組の企画書と言えば、白黒で文字が書いてあるだけでした。

鈴木「そのときにかなりパソコンとか、そういうことが好きな作家さんが、伊藤さんっていうね、すごい方がいて、で、企画書作るときに、まず表紙に、ナインティナインと武田真治君の写真を貼りつけたんですよ、当時としてはもうそんなことあり得ないわけですよ、カラーで」
前田「うん」
鈴木「20年前ですから、企画書にカラーでナイナイと武田真治君、しかもすっごいオシャレな写真をチョイスして」

さらに最初のページ、普通は企画内容を書きます。

鈴木「『めちゃ×2モテたいッ!』って、つまりモテたいためにいろんなことをやっていくという企画なんですけど、パッてめくると、『あなたは今日、なぜ髪の毛をセットしてきましたか? あなたはなぜ今日のネクタイの色を選びましたか? それはモテたいからです』って書いてあるんですよ」
(スタジオ笑)
鈴木「で、非常にその企画書って面白いなと思っていて、企画がバンッと書いてあることも大事なんだけど、まず読み物として、自分の心にちょっと刺さるというか」

「めちゃモテ」の企画書が伝説たる所以は、次の話です。

鈴木「それでね、面白かったのが、要はそれを、なんかとある企業の人が、決定権がある人が、まだほら、ナインティナインも芸人さんだから……とかってのもあったんだけど、(企画書を)ポンッて家の机に置いといたら、娘さんが『あっ、ナインティナインだ! あっ、武田真治だ!』って、『えっ、人気あるの?』みたいな感じになって、それで話がグッと動いた」

もし企画書の表紙が従来通り白黒で文字だけだったら、机に置いてあっても目を留めずに通り過ぎていたかもしれません。だからこれは偶然というよりも、片岡飛鳥さんらスタッフ陣が手繰り寄せた必然だったのではないでしょうか。

この話で思い出したのが、先日引退を発表した小室哲哉さんのインタビュー記事でした。

小室哲哉が映画『ぼくらの七日間戦争』の音楽を依頼されたのは角川春樹の息子がファンだったから

2014年2月26日発売『ヘドバン Vol.3』(シンコーミュージック)

取材相手は小室哲哉。
聞き手は吉田豪。

インタビューは雑誌の性質上、YOSHIKIさんと組んだユニット「V2」の話がメインでした。

でもそこはさすが吉田豪さん。本筋を守りつつも、安岡力也さんや内田裕也さんとの接点を掘り下げていき、その流れで「ニューイヤーロックフェス」の話題になり、さらにそのフェスで一緒だったザ・スターリンの話で盛り上がったり(小室さんの認識は「米を撒く人たち」)、またその一方でアイドル好きな一面にも迫ったりするなど、まさに「TKのアザーサイド」満載のインタビューになっていました。

恥ずかしながら「TM NETWORK」から「TMN」に改名したちゃんとした理由を、この記事で知りました。あと、それに伴ってなぜロック色が強くなったのかという点も。

そしてインタビューの最後に吉田豪さんが尋ねたのは、角川春樹さんとの交流について。「キース・エマーソンを聴いたのは完全に角川春樹さんのせいですからね」と切り出すと、小室さんが反応します。

小室 ああ、『幻魔大戦』ですね。
――子供の頃、『幻魔大戦』の主題歌を買ったらキース・エマーソンだったっていう。
小室 あれはどういう接点だったのかわからないですけど、僕が『ぼくらの七日間戦争』を担当させてもらったのは、息子さんがTMのファンだったので、『お父さん、この人たちはいいんだよ』っていうことで話が来たっていうことで。そこからのお付き合いです。

映画『天と地と』の音楽も小室さんが担当しました。

小室 『天と地と』は全部プロモーションで角川さんと一緒に周りましたから、全国。打ち上げは必ず全部ありましたし、なぜか必ず隣だったんで。カナダのカルガリーまでロケに来いって言われて、呼ばれてますからね。

そんな濃密な時間を過ごした角川春樹さんについて小室さんは、内田裕也さんと比較しながら「ちょっと神懸ったロックンローラーですね」と評していました。

最高品質の会議術

最高品質の会議術

佐藤満春率いるサトミツ&ザ・トイレッツの不思議な縁

小学校のトイレで排泄をする行為は、未だに生徒たちのあいだでタブー視されているようです。そのせいなのでしょうか、NPO法人の日本トイレ研究所から「小学生の3人に1人は便秘状態・便秘予備軍である」という調査結果も出ています。

この健康にも影響しかねない悪しき風習を無くすべく立ち上がった人物がいます。トイレ好き芸人として有名な、どきどきキャンプの佐藤満春、通称サトミツです。

以前からこの問題に限らずトイレのイメージアップに努めてきた佐藤満春さん(以下、サトミツ)。しかしながら小学校のトイレ問題に関しては、なかなか思ったような成果が得られません。そこで一旦立ち止まって考えます。「子供たちにメッセージを届けるのに一番有効な手段は何だろうか?」と。導き出した答えは、音楽でした。

ということで、彼の活動に賛同して集まってくれたミュージシャンたちと結成したのが、サトミツ&ザ・トイレッツというバンドです。

メンバーは、次の6人。

サトミツ&ザ・トイレッツ
佐藤満春(どきどきキャンプ)
山田稔明(GOMES THE HITMAN)
伊藤俊吾(キンモクセイ)
佐々木良(キンモクセイ)
伊藤健太(元ゲントウキ)
森信行(元くるり)

集まった5人のミュージシャンの共通点は、サトミツの友人。それだけです。だからこの活動を通じて親交を深めてくれたら……そう考えていたのですが、なんと5人とも知り合いだったことが判明。しかもただの知り合いではなく、メンバー間で様々なドラマを抱えていたのです。

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漫才とリズムネタと手拍子

「M-1グランプリ2017」を観ました。そして存分に堪能しました。

もし「今大会で一番好きな漫才を挙げろ」と言われたら、迷うことなく、さや香の「歌のお兄さん」を選びます。

正直に言うと、漫才における歌ネタがあまり好みではありません。でも、さや香がやったのは歌ネタ。最初に歌ネタだと気付いた瞬間、不安が襲ってきました。きっと歌い方や歌詞の内容がヘンテコで、そこにツッコミを入れていくスタイルなのだろうと。

ところがこの予想は裏切られます。歌の途中で「ホンマや」「期待しとるで」などと割り込むから間延びしないし、なによりボケ側が全力で歌を肯定するではありませんか。そのあと繰り出されるハイテンションなやりとりに最後まで笑いっぱなしでした。

笑いの量だけでなく己の苦手意識を完全にひっくり返された衝撃も相まって、漫才が終わったあとの満足感は全出場者のなかでも突出していました。だから点数には多少の不満が残りましたが、でも仕方ありません。

そして、さか香のときの余韻がまだ残っていた影響もあるのか、最後の出番だったジャルジャルへの松本人志のコメントを聞いて改めて考えてしまったのです。漫才とリズムネタの境界線を。

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若林正恭と内村光良がプライベートで飲んだ2015年春

前回は「50代を迎えた内村光良が今抱えている悩みとは?」について書きました。

そのなかで、オードリー若林正恭とウッチャンナンチャン内村光良がプライベートで飲んだ件を、余談として軽く触れました。でも余談で済ますのはちょっと勿体ない。記事を書いたあとにそう思ったので、今回はこのエピソードを掘り下げます。

オードリー若林「レジェンドでトートバッグ持ってる人を初めて見た」

2015年4月26日放送「オードリーのオールナイトニッポン」(ニッポン放送)

パーソナリティはオードリー(若林正恭・春日俊彰)。

「スクール革命」収録後、若林さんはウッチャンの車に乗せてもらったと言います。

若林「で、焼肉屋に連れてってもらったんだけど」
春日「うんうん」
若林「水色のカーディガン着ててさ、トートバッグ、で、レジェンドでトートバッグ持ってる人を初めて見たんだけど
(スタジオ笑)
春日「うん、まあ好きなんだろうね」
若林「でさ、『こっち』つって、内村さん(車から)降りて、トートバッグ見えるじゃん、左手に何か抱えてるから、『何抱えてんのかな?』と思ったら、初めてだね、俺、芸人でB4ぐらいのサイズの茶封筒持ってる人」
(スタジオ笑)
若林「あの~、紐でこうクルクルって返して、留める封筒を」
春日「あ~、あるね、ボタンみたいなやつ」
若林「働いてる人が持ってるやつ、トートバッグと茶封筒、水色の……くふふっ」

さまぁ~ずを彷彿とさせるウッチャンのトートバッグイジり。つまりこの会話から、両者の距離がいかに近いかが読み取れます。

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50代を迎えた内村光良が今抱えている悩みとは?

2005年4月、内村光良が40歳のときに、テレビ朝日のアナウンサー徳永有美と結婚しました。そして5か月後の2005年9月、伝説的お笑い番組「内村プロデュース」が終了します。

「ウリナリ」が2002年に最終回を迎えて、「気分は上々」と「笑う犬」も2003年に幕を閉じた。さらに「内村プロデュース」が2005年に終了する。メイン番組が次々と終わっていくなか、守るべき家族ができたウッチャン。

ファンとしては正直不安でした。もしかしたら40代を区切りに家族との時間を優先して、テレビの最前線から徐々に撤退していくつもりなのかもしれない。下手すればセミリタイアしてしまうのではないかと。

しかしこれは完全な取り越し苦労でした。ウッチャンは戦うことをやめなかったのです。

余談ですが、オードリー若林さんがウッチャンとプライベートで飲んだ際、仕事がラジオだけの時期があったと聞いて驚いたという話を、自身のラジオでされていました。おそらくこの頃のことでしょう。

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インプットを怠らない明石家さんまとオードリー若林正恭

今から9年前、2008年の出来事になります。

当時、岡村隆史が明石家さんまのある行動に衝撃を受けてしまいます。それはどんな行動で、そしてなぜ衝撃を受けたのかを、自身のラジオで明かしていました。

若手と対等に渡り合うために『ドラゴンボール』を読み始めた明石家さんま

2008年6月12日放送「ナインティナインのオールナイトニッポン」(ニッポン放送)

パーソナリティはナインティナイン(岡村隆史・矢部浩之)。

日テレで仕事をしていた岡村さんは、下の階で「恋のから騒ぎ」の収録があることを知り、さんまさんの楽屋へ遊びに行きます。あとから小島よしおさんも挨拶にやって来て、3人でおしゃべりをしていました。

すると小島よしおさんが岡村さんにこう言ってきたそうです。「さんまさん、今『ドラゴンボール』読んでるんですよ」。この漫画が『週刊少年ジャンプ』で連載されていた期間は、1984年~1995年になります。それなのになぜ今(2009年)になって読み始めたのでしょうか。
(さんまさんの発言は岡村さんが再現)

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ウッチャンナンチャンとオードリーに共通する「清潔感」

ウッチャンナンチャンとオードリー、私は両者の共通点を探さずにはいられません。

なぜならどちらも大ファンだからです。番組を観ていると様々な共通点が見つかり、両者は似ていると考えざるを得なくなり、そして似ているという仮説を補強したいがために、更なる共通点を求めてしまう。そんなサイクルになっている気がします。

最近も、両者に共通するキーワードを見つけました。それは「清潔感」です。

オードリーについて「圧倒的に清潔感がある」と語るバカリズム

2015年11月7日放送「SWITCHインタビュー達人達」(NHK)

今回の出演者はオードリー若林正恭、羽田圭介。

番組のなかで、バカリズムがオードリーの人気の秘密についてインタビューを受けていました。

バカリズム「オードリーはやっぱ、清潔感がすごいあるなと思うんですよ、圧倒的に清潔感があると思いますね

だから2人並んだときの佇まいが美しい。イチャイチャしないけど、若林さんが春日さんを強くイジったり突き放したりしたときに仲の良さが絶妙に透けてくる。コンビ愛もちょうどいいと称賛します。

さらに「性格は歪んでいる」と冷静に分析したあと、でも「お笑いに関してはものすごい真面目だ」と語るバカリズム。

バカリズム「こういうこと言うと嫌がると思うんですけど、仕事が丁寧というか、どこの現場行ってもムラがなく、ちゃんと仕事するし、和菓子みたいなイメージなんですよね、ふふっ、きめ細かいというか、丁寧なんですよ、ものすごく、作りが、もう全てにおいて」

「清潔感」というキーワードを耳にしたとき、ウッチャンナンチャンの姿が目に浮かんできました。

ウッチャンナンチャンについて「ネタにも演者にも清潔感があった」と語る河本瑞貴

2015年4月1日発売『マセキ会長回顧録』(彩流社)

著者は柵木眞(マセキ芸能社会長)、河本瑞貴(ウンナンの恩師)。

河本瑞貴(以下、河本先生)が聞き役となってまとめたマセキ芸能社会長の自伝になります。

マセキ芸能社はウッチャンナンチャン、出川哲朗、バカリズム、ナイツ、狩野英孝、三四郎、ニッチェ、パーパーらが所属している東京の芸能事務所です。河本先生はウンナンの専門学校時代の講師であり、彼なくしてウンナンのブレイクはなかったと言っても過言ではないでしょう。

専門学校時代にウンナンの才能に気付いた河本先生は、マセキ会長に推薦します。

早速、池袋の名和プロダクションの稽古場で、眞会長と名和夫妻を前にしてネタ見せを行った。ところが、会長も名和夫妻も反応は今ひとつ。ピンと来ない、どこが面白いんだろう、という感じである。本人たちもやりにくそうだった。

しかしマセキ会長は、この描写を否定します。ネタをしているウンナンには魅力を感じていたと。そして河本先生の猛プッシュもあって、ウンナンをマセキで預かることにしました。

いつも慎重な河本先生が、珍しくはっきり「あの二人は社長、三年辛抱すればとんねるずさんに続けるかもしれないから」って言いましたよ、そういうふうに。だから私も、ああそうかって。

河本先生は、ウンナンのどういったところに将来性を感じていたのでしょうか。

内村・南原コンビは、ネタ、センス、演技力等、明らかにそれまでの若手芸人とちがっていた。何より、笑いを取るために媚を売るところが一つもない。ネタにも演者にも<清潔感>があった。

その一方で、まだ学生だったウンナンは「自分たちの笑いが観客に通じなかったら、辞めて故郷に帰ればいいし……」と考えていたそうです。そもそも2人は芸人を目指していたわけではないので仕方ないでしょう。

ところが、その淡泊さが逆に良かったのかもしれないと河本先生は分析します。

当時、私と眞会長は「プロになるにしては淡泊すぎるかも……」と心配したが、今思えば、良い意味でのアマチュアリズムであり、それは同時に手垢のついた笑いに対する批評精神でもあった。

かつては「ウッチャンナンチャンのオールナイトニッポン」を、そして現在は「オードリーのオールナイトニッポン」を担当している放送作家の藤井青銅さん。彼のロングインタビューが掲載されている雑誌があるのですが、そのなかで両者の共通点について語っています。

藤井青銅「ウンナンと同じタイプだからオードリーを好きになった」

2015年3月11日発売『新 お笑いラジオの時間』(綜合図書)

両者の「オールナイトニッポン」に共通する部分を尋ねられた藤井青銅さんは、こう答えました。「よく似てるって言われるんですよね」。

藤井 どちらも非・大阪のお笑いコンビで、下品にならないし、わりと女性ファンも多くて、好感度も高くて、元々が似ていますよね。やってる芸は違うけれど、イメージが似てて。見た目もヘンテコな顔をしているわけではなく、ちゃんとした普通の人ですから。ボクはたぶん、ウンナンと同じタイプだから、オードリーを好きになったんだと思います。

藤井青銅さんの言葉で、我が意を得た気分になりました。

さらにオードリーは以前、東京国際フォーラムで約5000人規模のラジオイベントを開催しました。

藤井 このあいだ、『オードリーのANN』でも東京国際フォーラムでイベントをやりましたけど、『ウンナンのANN』では日本武道館でイベントをやったことが大きかったですね。じつはボクの中で、『オードリーのANN』ではウンナンでやったことを全部やろうかなと思ってて、今回のフォーラムも武道館を重ねていたんです。ウンナンで上手くいったことは、オードリーでも全部上手くいくはずだと思っているので

これ以外にも若林さんが「スクール革命」で共演しているウッチャンをどう見ているのかなど、両方のファンにとってはグッと来る話が満載なので、もし未読の方がいましたら是非とも『新 お笑いラジオの時間』を読んでいただきたいです。


マセキ会長回顧録: 親子三代芸能社

マセキ会長回顧録: 親子三代芸能社

明石家さんま「努力という言葉を努力不足のヤツが作りよった」

「努力すればかなう夢もある」。

これはビートたけしの言葉です。

つまり「努力すれば必ず夢はかなう」という言葉を否定しています。ただし完全に否定する表現にはなっていません。なぜでしょうか。おそらく、その一方で芸能界で夢をかなえた人は必ず努力しているからでしょう。

バラエティ番組で自分がスベッた箇所を10回見直す嗣永桃子

2013年8月12日放送「ストライクTV」(テレビ朝日)

司会は爆笑問題(田中裕二・太田光)。
アシスタントは石井寛子。
ゲストは土田晃之、嗣永桃子、菊地亜美、ダレノガレ明美、古澤未来。

「マネージャーのホンネ大暴露SP」と題して、スタジオに集まった売れっ子バラエティアイドルの実態を解き明かしていきます。

番組中のちょっとした雑談で、嗣永桃子さんがバラエティで活躍できている理由が語られていました。

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