笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

千鳥の漫才が目指すもの

「声に出して笑っていなくても、頭の中は笑っているような、この雰囲気の感じ完璧でした」。

2017年10月29日放送の「にちようチャップリン」。審査員として客席に座っていたアンガールズ田中さんが、ジェラードンのコントについて感想を求められたときにこう答えました。この田中さんの秀逸なコメントを聞いた瞬間、ふと思ったのです。これってつまり「床暖が効いている」ってことではないかと。

「M-1グランプリ」で優勝したときのネタは好きじゃない

2017年1月19日放送「ニューヨークのオールナイトニッポンZERO」(ニッポン放送)

パーソナリティはニューヨーク(嶋佐和也・屋敷裕政)。
ゲストはNON STYLE石田明。

2008年の「M-1グランプリ」で優勝したNON STYLE。ナイツ、敗者復活から勝ち上がってきたオードリーとの最終決戦を制しての栄冠でした。ところが、ある番組で石田さんが「M-1獲ったときのネタは好きじゃない」と発言していたらしいのです。実際に番組を観ていたニューヨークが、この発言の真意を尋ねます。

屋敷「なんかの番組で石田さんがしゃべってるの見て、『M-1獲ったときのネタなんか全然、俺好きじゃないねん』みたいなことを石田さんが言ってはったの見て」
嶋佐「俺も見た」
屋敷「それってなんか、すごい感覚やなって思ったんですよ、僕らが漫才師としてちょっとやらせてもらってるときに」
石田「うん」
屋敷「好きじゃないネタ、これやったらでも獲れるって思ってみたいなことですか?」
石田「それしか戦い方がなかったんや、そんときは」
屋敷「いろいろ消去法で考えた結果、『これや!』ってなったんですか?」
石田「うん、根本好きなネタやで、元々言うとな、でも、結局好きじゃない形に落とし込めていってるわけやんか」
屋敷「なるほど」
石田「言うとさ、ダラダラやってる漫才が実は一番楽しいやん、俺ら」
屋敷「まあまあ、制限なく」
嶋佐「確かにそうですね、やってる分は」
石田「うん、体脂肪多めのほうがいいやん」
嶋佐「はい」
石田「あんなもうさ、細マッチョのさ、漫才なんか、何が楽しいねんっていう」
屋敷「あ~、そういうことか」
石田「そうそう、楽しいか楽しくないかでいくと、楽しくないやん、うん、やっぱ2人が楽しくないと漫才ってよくないと思うから」
屋敷「そうっすね」
石田「その観点からいくと、やっぱ全然好きじゃない」
嶋佐「なるほどな~」

では、実際どのような形に落とし込めていったのでしょうか。

NON STYLEの漫才は二重奏

屋敷「それって、ネタの細かいアレはいろいろ考えたと思うんですけど、なんかでっかく変えたことあります? その、ネタじゃない部分で、例えばペースめっちゃ上げたとか」
石田「あ~、やっぱりそれは、たまたま『(爆笑)レッドカーペット』ブームも来たから」
屋敷「はいはい、ありましたね」
石田「1分間で漫才をせなアカンという波が来てたから、そこで俺たちは結構やってたんやけど、これでもアカンと、これぐらいは誰でもできるってのがあったから」
屋敷「はい」
石田「それ以外でなんかちょっと、普通のボケの本線と違うところで笑いを取りたい、二重奏じゃないけど、ふたつ並行しながら笑い取っていけたら、ひとつのフリで2個ポイント取る」
屋敷「なるほど、システム的なことで」
石田「っていうのが、ふんわりあって、それをやろうと思ってて、だから試行錯誤があってあの形になった、ツッコまれたあとにまた自分でツッコむっていう」
嶋佐「なるほどな~、やっぱシステムから考えた……」
石田「そのときは、だからシステムから考えるときってやっぱ楽しくない」

「M-1グランプリ」で勝つという目的があるので仕方ない面もあるが、システムばかりに気を取られてしまうのはよくない傾向だと話す石田さん。

関係性で笑いを取る千鳥の漫才

石田「やっぱネタと、ネタ部分でウケて、それプラスアルファ、やっぱ2人の関係性でウケるのがベストなのよね」
嶋佐「はいはい」
石田「やっぱそこを出すと、めちゃくちゃ強いわけ」
屋敷「関係性か……」
石田「そうそう、だから、ボケとかそういうところじゃないところ」
嶋佐「はいはい」
石田「千鳥さんなんていうのは、それの最たるもんで」
屋敷「まあ、そうですね」
石田「関係性で笑いを取ってんねん、ネタ部分と関係性、それでもっと言うと、中川家さんとか、華大(博多華丸・大吉)さんとか、もうね、ずっと人柄が出てるやん」
屋敷「そうですね、それめっちゃ言われるんですよ! 『ニンとかを出せ』みたいな」
石田「そうそう、だから人柄が見えへんから、ただ2人で面白いことをしてる人たちになっちゃう」
屋敷「そうですね」
石田「じゃなくて、『あの人たち面白いよね』、『あのネタ面白いよね』じゃなくて『あのコンビ面白いよね』って言われるようになってかなアカンから
屋敷「確かにな~」
石田「それは俺も勉強中やけど」

このあと、千鳥を筆頭に2人の関係性が見える漫才師たちの強さを石田さんが分かりやすく説明してくれました。

床暖が効いている漫才

屋敷「それ(関係性で笑いを取ること)って最初から絶対に意識してないですよね、とりあえず闇雲に作るやないですか、ネタなんて」
石田「そうそう」
屋敷「どっかのタイミングで『それや!』って思ったってことですか? もう本当のことやろう、言おうみたいな」
石田「なんかもうホンマ……自分のネタ見ててもそうやし、他の人のを見てても、ある日、さっきのボケはウケたのに次のやつ、なんかもう冷めて、次のボケも面白かったのに、さっきの冷めがあったせいで、あんまハネてへんな~とか」
屋敷「はい」
石田「どんどんウケにくくなっていく、『これ、なんやろうな?』みたいな、でも! この人らってそんなにバガバガ面白いボケ出してないのに、『なんかずっとウケてんねんな……』っていう人も」
屋敷「いや、分かりますわ」
石田「で、俺はこれをもう最近は、床暖が効いてるタイプか、効いてないタイプか
屋敷「なるほど」
石田「このホクホク、人間同士のやつがあって、床暖効いてるから結構長いことウケてなくても見てられるのよ、なんかずっとニヤニヤしちゃうというか」
屋敷「はいはい、なるほど」
石田「でもホンマにシステムだけでやってるとか、ただ面白いことをやりたいだけの人ら、だからそこに熱、人間としての温度がないヤツって、やっぱもう……ゴリゴリのコンクリート打ちっぱなしみたいなもんで、すぐ冷えんねん」
屋敷「なるほどな~!」
石田「だからバーン! いいボケしても、次でなんかスーン……ってなる」
屋敷「はいはいはい」
石田「結構おるやろ?」
屋敷「はい、おるし、経験ありますわ」
石田「そうそう、アレってだからただの大喜利でしかない」
嶋佐「はい」
石田「大喜利と同じ現象やねん」
屋敷「面白いことを言うか言わんかのジャッジでしかないってことですか? そのお客さんが」
石田「そうそう、だから中川家さんがさ、出番10分やねんけど、たまにスイッチ入ってもうて10分のところ15分ぐらいやって、で、その延びた5分、もうスイッチ入りすぎてお客さんついてこれずに、チンチンにスベってるときあんねん」
(スタジオ笑)
石田「その5分間、好きなことやりまくって」
嶋佐「一瞬ありますね、合間合間に」
石田「あるやんか、でもそれって皆見てられる、めちゃくちゃ楽しいやん、笑いぞせえへんけどめっちゃ楽しい、ああいうことやねん」
屋敷「なるほどな~、深いなぁ……」

千鳥の漫才に関しては、ナイツの塙さんも同じような分析をしていました。

千鳥の漫才を真似するのは難しい

2018年3月3日放送「ナイツのちゃきちゃき大放送」(TBSラジオ)

パーソナリティはナイツ(塙宣之・土屋伸之)。
アシスタントは出水麻衣。
ゲストは千鳥(大悟・ノブ)。

志村けんさんとプライベートでよく飲む大悟さん。そのときお笑いについて真面目に語ったりもするのだそうです。

大悟「今のワシらの漫才とかも、『よく被せ(かぶせ)やるよね、アレは実は、腕がないとできないんだよね』とか」
塙「見てるんだ」
ノブ「そう」
大悟「志村さんも結構しつこいのやるやん」
土屋「うんうん、しつこいのね、ふふっ」
ノブ「あとあとドリフ見返すとそうやねんな」
塙「アドリブっぽくやったりとか、舞台を楽しそうにやるのとかね、ちゃんとした技術がないとできないから」

千鳥の漫才が高い技術によって支えられていることを見抜いていた志村さん。このエピソードを聞いて、塙さんも黙っていられません。

塙「やっぱ千鳥の漫才とかを、僕らが本当に正月とかに見て、もうめちゃめちゃ無双状態になるときあるじゃん、ウケてて」
ノブ「いやいや、ないよ」
塙「僕らってね、ちょっと機械っぽいから、その、割と淡々とやるじゃない」
土屋「うん」
塙「やっぱ年的に40(歳)だし、ちょっとこの人間の感情じゃないけど、そういうの入れたいなって思ってて、すごい参考になるのね
ノブ「へぇ~」
塙「だけど、さっき志村さんが言ってたけどさ、難しいじゃん、そういうのって」
ノブ「はいはい」
塙「簡単そうで、それをなんか若手とかがさ、やっぱ1年目とか2年目がやろうとするじゃん、アレ腹立つんだよな」
(スタジオ笑)
土屋「結局若手批判かよ」
大悟「なんでも真似から始まるやん」
ノブ「俺らを褒めてくれるんかなと思ったら、若手批判や」
(スタジオ笑)

ここで『週刊少年ジャンプ』の話を持ち出してくる塙さん。

塙「今の『ジャンプ』と一緒で、今『ジャンプ』がさ」
土屋「ジャンプ?」
塙「新連載がすぐ終わるのよ」
ノブ「はいはい」
塙「結局ね、『ドラゴンボール』も、『キン肉マン』も、『HUNTER×HUNTER』も、元々ちょっと違う話から始まって、で、なんとかトーナメントみたいになっていくのよ」
大悟「うん」
ノブ「天下一武道会みたいに」
塙「天下一武道会とか始まって人気になっていくのに、そのパターンを知ってるから、今の漫画家が、初めから天下一武道会やろうとするんだけど」
ノブ「なるほど!」
塙「まだそいつらのキャラクター知らねえよ、みたいな」
ノブ「はいはい!」
塙「千鳥はやっぱりいろんなことやってきて、スベったこともあったし、M-1で、それをやってきたから今面白いわけじゃん?」
ノブ「なるほど」
塙「だから『1年目からそういうことすんな!』って言いたいの」
(スタジオ笑)
大悟「それをワシらに言われても」
土屋「はははっ、いや、そうだね」
ノブ「昼からアチ~、アチ~な~、昼から」

塙さんの例え話にノブさんは大きくうなずいていました。その理由はきっとノブさん自身が意識してやってきたことだからでしょう。

漫才のネタを変えるのではなく自分たちがポップな存在になればいい

2018年4月21日放送「オードリーのオールナイトニッポン」(ニッポン放送)

パーソナリティはオードリー(若林正恭・春日俊彰)。
ゲストは千鳥ノブ。

若手時代はとにかくトガっていた千鳥。それを象徴するエピソードを聞けば聞くほど今の千鳥とはギャップがあるので、若林さんが率直に尋ねます。何か変化するきっかけみたいなターニングポイントはあったのかを。

若林「別にどこかで、なんかこう自分を変えようとか思ったとかないんですよね? 今日まで、その、ちょっと変えたほうがいいのかな……とか」
ノブ「え~っと……でもあるある、全然ある」
若林「やっぱあるんすか、(芸暦)2年とか3年でM-1決勝出て、なんかキツかった時代とかあるんですか? ここの3年キツかったな~みたいな」
ノブ「あ~、でもな、あるある」
若林「何年ぐらいですか?」
ノブ「M-1の、2003年にM-1出て……続けて出たんかな? 2004年ぐらいに出たときに」
若林「すごいことっすよね、(芸暦)3・4年で」
ノブ「そう、連続で出たけど、まあどっちも最下位やって、全然やったけど」

それでも周りの芸人やスタッフからは「攻めててよかったよ」と声を掛けてくれたそうです。だからそこでもっと調子に乗ってしまい、気が付いたら腫れ物扱いされていた。そう当時の状況を振り返るノブさん。

ノブ「そんぐらいのときに、大イキリ仕事ナイM-1最下位ぐらいの、腫れ物みたいなときに、情報番組の仕事が来たのよ」
若林「はいはい」
ノブ「大阪で」

夕方放送で、年配のアナウンサーが司会という、いわゆる「ヒルナンデス」よりももっとお笑いの要素がない情報番組だったとのこと。当然ながら、千鳥の笑いを理解している周囲の芸人やスタッフからは「なんで千鳥があんなの出るの?」という疑問の声が上がりました。しかし、ノブさんは耳を貸しませんでした。

ノブ「俺は、なんかその、しようもない漫才してたのよ、なんのこともない、なんの時事ネタも入れない……なんかキャッチーな話題でもないネタ」
若林「はい」
ノブ「アイドルのことを言うわけでもないようなネタ、もうどうでもいい、おにぎりなら、おにぎりだけの話の漫才をしてて」
春日「はいはい」
ノブ「ウケなかったんやけど、どうにか、このネタを変えるんじゃなくて、俺らがポピュラーになれば、ポップな存在になれば、こんななんかしようもないトガったネタも、ウケるようになるんじゃないかと思って
(唸る若林)
ノブ「これはちょっと……迎合作戦に入ろうということで、まあ、やり出したのが」
若林「あ~」
ノブ「だから情報番組、そっからしこたま出たな~」
若林「お馴染みの顔になれば」
ノブ「そうそう!」
若林「入り口は開いてますもんね」
春日「なるほど、見やすくなりますもんね」
ノブ「そうそう、だから見る感じが変わる」

そのような考えに至るきっかけは、師匠たちの漫才でした。

ノブ「なんか昔、ダイマル・ラケット師匠とか……だからカウス・ボタン師匠の、なんか師匠」
若林「はい」
ノブ「あと、いとし・こいし(夢路いとし・喜味こいし)師匠とか、『えっ! こんな漫才?』みたいな」
若林「はいはい」
ノブ「ハンバーガーの順番、おじいちゃんが2人出てきて」
(スタジオ笑)
ノブ「『いやいや、どうもこんにちは』って出てきて、『君、ハンバーガー食べたことある?』みたいな」
春日「ははははっ」
ノブ「『ワシかてあるわい』みたいな、『一番下はなんや?』『レタスや』『パンや』」
若林「あはははっ」
ノブ「みたいなことを10分ぐらい、もうこれだけ! この順番のことだけ、これがしたい……と思って」
若林「あ~」
ノブ「で、『なんでこれでウケてるんだ?』っていうのはもう、認知されて、すげ~ポピュラーな存在になってるから」
春日「なるほど」
ノブ「こんなくだらないこともウケるようになるんだと思ったから」

千鳥が目指したい漫才とは、まさに「床暖が効いている」漫才そのものな気がしてなりません。

ナナメの夕暮れ

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