笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

オードリー春日俊彰が体現する「受け身のポジティブ」

「国民のおもちゃだから、春日は」。

ビキニパンツ姿のオードリー春日俊彰は、鍛え抜かれた肉体を黒光りさせながらこう答えました。

オードリー春日「やりたいことは一切ない」

2015年7月21日放送「スッキリ!!」(日本テレビ)

司会は加藤浩次。

「オードリー春日が地元の所沢市役所で凱旋パレード」。このニュースを朝の情報番組「スッキリ!!」で取り上げていました。

フィンスイミング世界大会で銅メダルを獲得し、ボディビルの東京大会では5位入賞という輝かしい成績を残した春日さん。凱旋パレードはそれを受けて企画されたイベントで、その名も「フィンスイミングメダル報告会&ボディビルDVD発売記念ボディタッチ会」。黒のビキニパンツ一丁で首から銅メダルをぶら下げた春日さんをひと目見ようと、所沢市役所には1000人近い観衆が集まったそうです。

イベント後のマスコミ取材で「今後の仕事のバランス」について質問されると、春日さんは「ボディビルが8、お笑いとフィンスイミングで1・1ですね」と回答。「面白いボディビルダーが一番ハードルが下がるから」とその理由を明かし、マスコミ陣の笑いを誘っていました。

そもそもボディビルもフィンスイミングもバラエティ番組の企画であり、自らの意思で始めたわけではありません。では春日さんが本当にやりたいこととは一体何なのか。

レポーター「自分から何かやりたいってことは……」
春日「(即座に)一切ないですね」
レポーター「一切ない?」
春日「うん、オギャーから一切なかったですね、ここまで
レポーター「へぇ~」
春日「お笑いやろうって相方から誘われて、やって、うん、事務所の人に誘われて、入って、うん、スベって」
(レポーター笑)
春日「罵倒されて、とんでもない操り人形ですよ、私は、でもそれでいいと思ってる、国民のおもちゃだから、春日は、うん、やっぱりその、私と山瀬まみさんは国民のおもちゃだから」
(レポーター笑)
春日「うん、いいと思ってますよ」

相槌でリズムを作りながら言葉を重ねる姿は試合後のレスラーのようでした。「やりたいことは一切ない」。これはその場限りのウケを狙った発言ではなく、春日さんの生き方そのものなのです。

オードリー春日は「とんでもない受け身の男」

2015年10月23日放送「朝井リョウ・加藤千恵のオールナイトニッポンZERO」(ニッポン放送)。

パーソナリティは朝井リョウ(小説家)、加藤千恵(歌人・小説家)。
ゲストはオードリー春日。

パーソナリティが揃ってリトルトゥースなので、春日さんとのトークは深くて濃いものばかりでした。リトルトゥースとは「ナイナイのANN」で言うところのヘビーリスナー、つまり「オードリーのANN」を聞き込んでいる熱いファンという意味です。

最初はラジオの先輩としてアドバイスをもらっていたのですが、2人の興味は徐々に春日さんの内面へと移っていきます。実は若林さんのほうが熱い人間で、春日さんには心がない。心が厚い氷のようになっていて手が届かないのではないか。そう分析する朝井さん。

朝井「オードリーさんのラジオのなかで怖かったなって話が、その、泣いてる人を見てどう思うかって話を、1年から半年ぐらい前の……」
春日「そんなんしてました?」
朝井「多分オープニングトークでされてたんですけど、なんか飲み会のなかで……泣き始める人がいて」
春日「ほぉ」
朝井「注目を集めたがってるのか分からないけど、まあ泣き始める人がいて、その人についての話を確かしてたと思うんですよね」
春日「ほぉほぉ」
加藤「それ覚えてないな」
朝井「そう、そのときにあの~春日さんが、『泣いてる人のことを見てどう思うの? お前はどう思うの?』みたいなことを若林さんが聞いたときに」
春日「うんうん」
朝井「春日さんが『泣いてんなって、やってんなって思う』」
(スタジオ笑)
朝井「って答えたのがすげ~怖かったんですよ」
春日「ははははっ」
加藤「あ~怖いね、その答えは怖い」
朝井「そうそう、すげ~怖いなと思って、『やってんなって思う』って」
春日「怖いね~、『やってんな』まで言ってました? 私」

若林さんは、高校生のアメフトの試合を観戦して最後まであきらめない姿に涙したと語ったり、春日さんに対する不満を素直にぶつけたりします。一方の春日さんは若林さんに向かって意見するような場面はなく、感情の起伏がラジオだとつかめない。さらに朝井さんと加藤さんの2人は若林さんとプライベートで飲むこともあり、そこで実際に熱い話をするそうです。そういった親密さの違いも「春日は心がない」説に繋がっているのかもしれません。

そして10年後のオードリーを考えたとき、若林さんはある程度想像がつくけど、春日さんは全く見えないという話になります。

朝井「なんか若林さんは、今MCをたくさんやられてたりとか」
春日「はい」
朝井「するなかで、若林さんはなんとなくそうなのかな~みたいなのがあるじゃないですか」
加藤「10年後もそのまま」
朝井「MCをやられてたりとか、漫才も舞台に出てやられてて、という感じで行くのかなと思うんだけど、春日さんって本当に想像つかない」
加藤「あ~確かに、例えばボディビルもね、ずっと10年後とかもやられてるのかとか」
朝井「そうそう、全然想像つかない」
春日「あ~、確かにね」

春日さんも、自分が10年後どうなっているのかイメージできません。

春日「仕事でどうなってるか分からない、だから何かやってはいたいですね、何かやってはいたいっちゅうか……」
加藤「テレビのお仕事とか」
春日「あの~、とにかくとんでもない受け身の男なんですよ、私は
朝井「なんか今……いいですね」
加藤「ふふふっ」
朝井「深い話を今、聞いているような」
加藤「じゃあ自分でこういうお仕事やりたいとかあんまりないんですか?」
春日「(即座に)あんまりないですね」

ここでも「やりたいことはない」と語る春日さん。

春日「何かをやってくれって言われたら、長いスパンであれ、やる、やるっていうことですよね」
朝井「1年後のこの大会に出てくれとかでも、もうやるんですね」
春日「やるんです、それは」
(唸る朝井と加藤)
朝井「すごいですね……」
加藤「やっぱでも心ないのかも」
朝井「そう、だからやっぱそうだと思います、結果的に」

あとリトルトゥースとして聞きたいのは、やっぱり「とんぱちオードリー」の裏話です。オードリーが冠のいわゆる王道バラエティで、過去に3回特番で放送されました。ファンの間でレギュラー化を望む声が一番多いのが、この番組ではないでしょうか。

オードリー春日がゼロからイチを生み出すことはない

朝井さんと加藤さんが「とんぱちオードリー」の企画がいかに素晴らしいかを熱く伝えるのですが、それを聞いている春日さんは企画に一切タッチしていないことが判明します。

加藤「あれでも企画は、あまり企画段階では春日さん、関わられてはいないんですか?」
春日「いやもちろんです、企画段階ってかもう、前日ぐらいまで知らないですよ、何やるか」
朝井「えっ?」
加藤「えっ? 本当にそうなんですか?」
朝井「若林さんは水口さん、ディレクターの方と打ち合わせを」
春日「まあそうですね、やってますけど」
朝井「へぇ~」
春日「何日か前じゃないですか、なんかロケがあるからみたいなことを、あっ、たまたまバッタリ会ったんですわ、その水口DとTBSで」
朝井「バッタリレベルですか?」
春日「バッタリ会って、『ロケあるね』みたいな、『今回どういう仕掛けで行くの?』みたいな質問して」
朝井「へぇ~」
春日「『いや今回はないんだよ』つって、『ないわけないでしょ!』つって」
(スタジオ笑)
加藤「視聴者目線だ、完全に」
春日「ロケのつい2日ぐらい前まで、ふふっ、あるもんだと思ってましたから、それぐらいのレベルです」

当日その場で何をするのか知る場合もあると言います。

朝井「気にならないんですね、若林さんとディレクターの方がどういう話をされてるか気にならないってことですか?」
加藤「そこに加わりたいとかないですか?」
春日「気には……多少やっぱなる、でもまあ、そこに参加してなんか意見を言いたいとかないですよ」
朝井「ないんですね」
春日「それはやっぱ、あがってきたモノをやるっていうのでずっとやってますから、漫才だって、ボディビルだって、フィンスイミングだって」
(スタジオ笑)
春日「あがってきたモノを全部やる、ですから」
加藤「春日さんから思い付いて提案とかもないですか?」
春日「(即座に)ないですね」
加藤「へぇ~」
春日「16年ないですよ、私からの提案」
加藤「すごいなぁ、それ」
朝井「そうですよね、そうやって考えたらやっぱすごいですよ」
加藤「やっぱ怖いね、やっぱそれ確かに心ないわ」
春日「くふふふっ」
朝井「なんかやりたいこととか、伝えたくなることとか、16年間生まれたことはなかったってことなんですかね?」
春日「ないですね、これからもないでしょうね、おそらくね」
朝井「格好いいなぁ」
春日「私から新たにその、ゼロから生まれるものはないでしょうね
(スタジオ笑)

だからと言って、あがってきたモノを適当にこなしているわけではありません。春日さんは全力で取り組みます。それはあの鍛え抜かれた肉体を見れば一目瞭然でしょう。オードリー春日俊彰をスターたらしめている理由はここにあると私は考えます。

そんな春日さんの生き方を見ていると、世界的に活躍する現代美術家・グラフィックデザイナーの横尾忠則さんを思い出します。なぜなら彼の人生のモットーが「受け身のポジティブ」だからです。

横尾忠則の人生のモットーは「受け身のポジティブ」

片桐仁対談②「面白いと思うものとアートの架け橋」 : PLAY TARO | 太郎と遊ぶ、太郎で遊ぶ。岡本太郎を中心とした新しいアートサイト。

ラーメンズ片桐仁さんが、岡本太郎記念館館長である平野暁臣さんとの対談で、粘土作品を作るようになったきっかけを話します。

片桐: 隔週の雑誌で、相方とぼくで順番にやっていくことになったんですけど、「オレ、漫画描くけど、片桐どうする?」って訊かれて、「どうしたらいいかな?」って言ったら、「おまえ立体やれよ」って。ほんとにそんなものですよね。もう流されるまま来たってところがすごいあって。
平野: (笑)
片桐: 横尾忠則さんがあるテレビ番組で、「受け身のポジティブ」って言葉をおっしゃってて
平野: へえ。
片桐: あの人、すごいアーティストじゃないですか。彼が「Y字路」って言うと、そうなるみたいな。だけどあの人も、デザイナーになったきっかけは「こうしたらどう?」って言われて「やります」って言って、そこから全部、話が生まれて、それならやってみようかって来てるそうなんですよね。
平野: なるほど。
片桐: なにしろあの横尾忠則さんですからね、横尾さんでもそうなの?って思って。

受け身もここまでポジティブに貫けば、それは立派な信念です。