笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

どんな人生を背負った人がその作品を作ったのか

「作品の価値」とは一体どのようにして決まるものなのでしょうか?

お笑いの世界なら「ネタの面白さ」と言い換えられるかもしれません。露骨に言ってしまえば、作品の何に対して、客はお金を落としていくのか。

ラーメンズ片桐仁、ロサンゼルスに行く

2014年5月31日放送「エレ片のコント太郎」ポッドキャスト(TBSラジオ)

パーソナリティはエレキコミック(やついいちろう・今立進)、ラーメンズ片桐仁。

少し前にアメリカのロサンゼルスに行ってきた片桐さん。現地に45時間しか滞在できない強行日程だったそうですが、現代アートの世界で成功を収めたアーティストと会うことができました。そこで交わした会話で、エレキコミックが単独ライブでやったコントに繋がる話が出てきたと言います。

片桐「エレキのコントでさ、『音楽業界の裏をしゃべる』みたいなやつがあったじゃない」
今立「あったね」
片桐「ストーリーを作ればいいんだって」
やつい「うん」
片桐「全く同じこと言われたの」
今立「へぇ~」
片桐「カルフォルニアのその、俺が会いに行った人はストリートアーティストで、街に勝手に落書きをして追っかけられて逃げて、みたいなことやってたんだけど、そのまま有名になっちゃって一枚の絵が何百万とかなるようになって、セレブになっちゃった人なんだけど」

「音楽業界の裏をしゃべる」コントとは、「エレキコミック第23回発表会『Right Right Right Right』」で演じた「おじさんと少年」のことです。

ストーリーや考え方を売る時代

片桐「要はその人の作品を売るときも、やっぱりその、最初はストリートで始まって、で、勝手に落書きしてた悪ガキだったのが、作家になっていくというサクセスストーリーを」
やつい「うん」
片桐「ギャラリーとかキュレーターが考えて、まあ自分でも考えるんだけど、そうやって作品に価値を付けていって、まず『これから価値が上がりますから』って言って」
今立「売り込む」
片桐「コレクターに売るんだって、で、コレクター同士が繋がってて、『俺はこの絵を持っている、お前知ってるか?』みたいなことを言うと、もうワンランク上がって」
今立「面白い、面白い」
片桐「で、世界に、30人ぐらい超セレブがいて、最後にその人に絵を買ってもらうと、何千万とか、何億に」
やつい「あら」
今立「箔が付くんだ」
片桐「そう、で、その絵の元々の価値は、実は、言ったもん勝ちなんだって」
やつい「へぇ~」
片桐「価値とか金額って何なんだ? と」

片桐さんも粘土作品を作って個展を開いたりしています。作品を市場に出して売ったりはしませんが、この話にかなり興味を持ったようです。

今立「いい値段になるよね、アートとか特にそうだろうね」
やつい「うん」
片桐「アートって、だから本当に今は、絵とかじゃなくて考え方を売ったりする時代になってるから、コンセプトだけ、ペラの紙一枚で何百万」
今立「ほぉ~」
片桐「それも、そういうストーリーが必ずあるんだって」
今立「これを作った人の……」
片桐「そうそう、そこにお客さんは感動するし、お金を払うんだって」

アートの世界だけでなく、お笑いの世界もそうではないか? 片桐さんは問いかけます。

片桐「芸人もそうだよね?」
やつい「俺ら、ほったらかしだけどね」
片桐「うん、だからエレキはストーリーが足りないんじゃないかな? と思ったね」
(スタジオ笑)
今立「まあ確かに、確かにね」
片桐「ストーリーさえあれば、絶対に知ってもらえるから、数が増えれば他のお客さんも増えるんじゃない?」
今立「だから、『美大(多摩美術大学)出てる』とかね」
片桐「そうそうそう、俺ら(ラーメンズ)にはそういう風なのがあったんだろうね、『アーティスティックなコント』とか、あと『舞台ばっかり』っていうのもあったし」
今立「あ~、分かるね」

ロサンゼルスで会ったアーティストが、その場で片桐さんの粘土作品「鯛フォン」を写真に撮って、インスタグラム(写真共有サービス)に掲載。すると大きな反響があったそうです。影響力がある人が評価すれば「作品の価値」が上がる。いろんな刺激を受けた旅に満足そうな片桐さんでした。

この「エレ片」のポッドキャスト配信を聞いたあとすぐに、同じテーマを扱ったバラエティ番組に遭遇しました。それは「マツコ&有吉の怒り新党」です。

作者の人生も込みで「作品の価値」は判断される

2014年6月11日放送「マツコ&有吉の怒り新党」(テレビ朝日)

司会は有吉弘行、マツコ・デラックス。
アシスタントは夏目三久。

視聴者から届いた怒りのメールに納得いくかどうか判定していくトーク番組です。

次のような投稿を、夏目さんが読み上げます。付き添いで行った美術館。ある絵の前で、感想を述べつつ惚れ惚れと鑑賞している人がいる。有名な画家の作品らしいが、すごい絵とは思えない。聞こえてくる感想にも共感できない。すなわち「芸術作品の価値が全然分からない」。そう訴える投稿者に対して、

マツコ「難しいのはさ……じゃあ芸術作品って言って、その絵画なり彫刻なり音楽なり何でもいいけど、それだけが評価の対象かって言うと、どんな人なのか」
有吉「うん、そうそう」
マツコ「『どんな人生を背負った人がそれを作っているのか』っていうところがまた、乗っかってるじゃない、なんかそれも込みで観てるのよね」
(頷きながら聞き入る夏目)
マツコ「『あんな人生送った人がコレを書いているんだ、コレを作ったんだ』っていうところで受けてるわけじゃない、私たちは」
有吉「うん」
マツコ「だから多分、それ(予備知識)が丸っきりない人が、目の前のすごい抽象的な現代アートを観ても、これはもう、ただの落書きにしか見えないわよね」

そして、現代アートの世界だけでなく、全ての世界がそうではないか? マツコさんは問いかけます。

マツコ「私思うんだけどさ、それさ、別に、芸術って特にそういう難癖をつけやすいから、こういうとき議題に挙がるけど、全部そうよね?」
有吉「そうそう」
マツコ「世の中のモノは、現代アートだけじゃなくて、じゃあ(有吉のほうを向いて)お笑いにしたって」
有吉「はい」
マツコ「俳優さんにしたって、もちろんこの業界だけじゃなくて、町工場で作ってる部品ひとつにしたって、それを大きな電気会社だったり、自動車会社だったりが買わなければ」
有吉「うん」
マツコ「どんなにすげ~ネジを作ってる人でも、食ってけもしないわけだし、評価もされないわけじゃん、誰かが才能なり技術を見つけて、その人がバックアップして、世に出すっていうのは……多分、全てそうなのよ」
夏目「なるほど」
マツコ「私たちも、誰かが見つけてくれて、『アイツ面白いよ』って言って、世の中に出してくれたから、そうやってどんどん広がっていったわけじゃない」
有吉「うんうん」
マツコ「だからそれをね、多分ケチつけちゃったらね、世の中のモノは全て滞ってしまうのよ」

これらの話を「お笑い」に当てはめてみようと頭を働かせたときに、なんとなく対象に選んでいたのが、2008年の「M-1グランプリ」に出ていたオードリーでした。

2008年の「M-1グランプリ」敗者復活で、ズレ漫才を封印しようとしていたオードリー

2014年3月1日放送「オードリーのオールナイトニッポン」(ニッポン放送)

パーソナリティはオードリー(若林正恭・春日俊彰)。

2008年12月21日(日)。「M-1グランプリ」の敗者復活が行われている大井競馬場。寒空の下、ひたすら出番を待つ芸歴8年目のオードリー。ひとつ前の南海キャンディーズが出番を終えて戻ってきた。いよいよ舞台へ。「ズレ漫才」で若林が春日のおでこを叩くたび会場は大きな笑いに包まれる。吹きつける冷たい風を物ともせず最後まで笑いは途切れなかった。

結果、敗者復活の切符を獲得。喜びに浸る間もなく、すぐさまタクシーに乗り込んで、決勝の舞台であるテレビ朝日へ。オードリーのスター街道は、ここから始まりました。

ところが、敗者復活の直前まで彼らは迷っていました。「ズレ漫才以外のスタイルで挑戦するべきではないか?」と。

若林「審査員の方から……又聞きの又聞きぐらいで、審査のとき何を話してたかって話が飛んできたんですよ」
春日「あ~、準決勝のあと?」
若林「多分この話ね、終わってすぐぐらいは話せなかったから、してないと思うんだけど」
春日「うん」
若林「で~、そこの会議でどうも、『キャラ漫才だから上げないという話が出た』っていう噂を」
春日「ああ、なんか、流れてきたね」
若林「くふふっ、流れてきたんだよね!」

キャラ漫才(ズレ漫才)が一番の武器であるオードリーにとって、これは大問題です。敗者復活の前に、阿佐ヶ谷の居酒屋で緊急会議が開かれました。

若林「キャラ漫才を(決勝に)上げないのに、これから敗者復活に行く、だから……」
春日「うん」
若林「ね、だからいくら頑張ったところで、キャラ漫才だから上がんないってことになっちゃったんですよ」
春日「うんうん」
若林「ね! で、俺と春日はあろうことか、ふふっ、コントを漫才にしてやろうかって案も出たんですよ、飲み屋でね」
春日「そう、だから春日になる(ピンクのベストを着て七三の髪型で胸を張る)前にやってたネタをちょっとね、アレンジして」
若林「あれですよ、阿佐ヶ谷の『和民』(現在は『坐・和民』)ですよ……そういえば今、急に腹立ってきたけど、なんで俺がお前の地元まで出向いてんだろうな、そんとき」
(作家笑)
若林「お前が永福町来い!」
(スタジオ笑)
春日「いや、そんなさ!」
若林「あははははっ!」
春日「なにかの帰りだったよ、多分、近いんだからいいだろ! なんでそこに腹立つんだよ今さら、6年も経ってて」
(笑いが止まらない若林)

お酒によって冷静な判断力を失い、だんだん怒りが込み上げてくる2人。

春日「『誰が言ってんだ!』つって」
若林「そう、まあ2人でキレてたよね」
春日「『誰なんだ、それは!』と」
若林「『キャラ漫才としゃべくり漫才の定義を、目の前来て話してみろ、コノヤロー!』つって、2人で酔っ払ってね、ははははっ!」
春日「ふはははっ!」
若林「『冗談じゃねえ! しかし……どうしたらキャラ漫才じゃない漫才にできるかな?』って話して、そのあと」
(スタジオ笑)
若林「上がりたいから」
春日「『時間もねえしな』つって」
若林「そうそう、時間もないからな」

オードリーは決断します。

なぜズレ漫才をやるのか? それは自分たちがやってて楽しいから

若林「そっから、『じゃあ、なんで漫才やりに行くんだ?』って話になったら」
春日「うん」
若林「『やっぱり楽しいからだよな』って話になって、ふふふふっ」
(スタジオ笑)
若林「もう上がらないけど、『なんで漫才やりに行くんだ?』つったら、楽しいからやるんだろうなっていう話になって、『じゃあ、ピンクのベストが一番楽しいから、そうするしかないよな』って話になったから」
春日「うん」

審査に関わっていた方と数年後に出会った若林さん。当時の状況について尋ねてみたところ、「キャラ漫才は決勝に上げない」なんていう方針は一切なかったと言われました。でも、そんなガセ情報を信じてしまったことが逆に良かったと振り返ります。

春日「逆に言ったら、それがよかったような気もする」
若林「いやいや相当ツイてるよな、それって、それで『あと1点だったらしいよ』って聞いちゃったら、もうガチガチで」
春日「うん」
若林「もう肩とかバンバン叩き合っちゃって、くふふっ、早いテンポでね、やってただろうから」
春日「そうね」
若林「『まあ落ちるけど……まっ、いっか』って出てったから、わりかしゆっくり(漫才に)入れてね」

自分たちが心の底から楽しいと思える「ズレ漫才」が、結果的に「M-1グランプリ」という賞レースの文脈に見事ハマったのでしょう。

「これまで観てきたネタからベスト1を選べ」と言われたら、迷うことなく「オードリーのズレ漫才」と答えます。「ズレ漫才」自体を面白いと感じるのはもちろんですが、ネタからオードリーらしさがにじみ出ています。さらに、2008年の「M-1グランプリ」敗者復活のときのようなストーリーに胸が熱くなった経験も重なるので、「オードリーのズレ漫才」は私のなかで絶対的な1位なのです。

タクシー運転手・原田仁さん。「M-1グランプリ」敗者復活で勝ち上がった漫才師を、大井競馬場からテレビ朝日まで送り届けていた方です。2008年にオードリーを乗せたときの車内の様子について、『M-1完全読本 2001-2010』のなかで次のように語っています。

2011年2月発売『M-1完全読本 2001-2010』(ヨシモトブックス)

とにかく彼らは舞い上がっていたというか(笑)。運転席まで緊張が伝わるぐらいだったんですよ。「どうしよう、どうしよう」って、けつまずきながら車の中に入ってきて、春日さんが完全に素に戻っていたのが印象的でした。若林さんに「キャラ作れ!」ってひっぱたかれてましたからね。

現代アートとは何か

現代アートとは何か