笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

小説でいろんな自由が許されるのは読んでいる人が少ないから

又吉直樹と羽田圭介。

今年7月に芥川賞を受賞した2人は、間違いなく2015年を代表する人物でしょう。最初は又吉フィーバーの影に隠れて「又吉じゃないほう」なんて呼ばれたりした羽田さんも、明け透けなキャラクターが徐々に浸透していき、今ではテレビに引っ張りだこです。

ピース又吉直樹の芥川賞は「想定内の想定外」

2015年7月25日放送「東京ポッド許可局」(TBSラジオ)

パーソナリティはマキタスポーツ、プチ鹿島、サンキュータツオ。
テーマは又吉芥川賞論。

ピース又吉さんの小説『火花』が第153回芥川賞を獲得。世間を驚かせたこのニュースについて、時事ネタを得意とするプチ鹿島さんは「想定内の想定外」と表現しました。

「想定内」とは、芸人が小説を書いて評価を得ること。そもそも小説も映画もネタと似ていて、又吉さんほどの才能を持つ芸人ならば『火花』のような小説が書けても不思議ではない。つまり出力先が変わったに過ぎない。しかしそうは言っても芥川賞まで射止めたのは「想定外」だったと。

サンキュータツオ(以下タツオ)「だからそれこそ、しずちゃん(南海キャンディーズ山崎静代)が、ボクシングでオリンピック出るの目指してるっていうなかで、本当にオリンピック出て金メダル取ったら、想定内の想定外ってことだね」
プチ鹿島「そうそう、でもやっぱり、オードリー春日とか何でしたっけ? ボディビルじゃないけど」
タツオ「アレもすごいよねぇ」
プチ鹿島「でもアレもなんか芸人ならではの、っていう想定内なんですよ、僕のなかで」

小説や映画だけでなく、ボクシングやボディビルといった体を張る仕事も「芸人ならではの何か」に含まれる。プチ鹿島さんの見解に私は深く頷きました。

では、これだけ話題になる芥川賞とは一体どのような存在なのか。言語学や文体論を研究する学者であり、一橋大学の非常勤講師も務めるサンキュータツオさんに教えてもらいます。

マキタスポーツ(以下マキタ)「純文学に与えられる賞なんでしょ?」
タツオ「そうですね、M-1ですね」
マキタ「ほぉ~」
タツオ「だから変ホ長調がM-1優勝した、みたいなことじゃない?」
マキタ「変ホ長調ってなんでしたっけ?」
タツオ「あの~、昔M-1に出たアマチュア」
プチ鹿島「女性2人の」
タツオ「OLの給湯室トークみたいなのをやって、けっこう怒られてた人たち、俺すごい好きだけど」
マキタ「ちょっと革新的だったと」
タツオ「そうそうそう、結局そういうことだと思う、単にノミネートされただけじゃなくてちゃんと優勝したっていうことだから」

分かりやすい例えとして「M-1グランプリ」を挙げたわけではありません。ここから「芥川賞=M-1グランプリ論」へ展開していくのです。

芥川賞=M-1グランプリ

率直な疑問をどんどんぶつけていくマキタさん。

マキタ「新人の発掘の場なんですか? 芥川賞とは」
タツオ「う~ん……まあ一応そういうことにはなってるけど」
マキタ「でもスターの登竜門なんでしょ?」
タツオ「そうだね、っていうか逆に言うと、芥川賞以外は売れないよ、小説なんて」
マキタ「ほぉ~」
タツオ「今もう芥川賞頼みだよ、だからもうコンテストだよ、M-1とかTHE MANZAIと同じ、他からはもう出てこない、売れない」
マキタ「でも、あるじゃないですか、いろいろと……」
タツオ「大衆小説は別よ」
マキタ「あっ、純文学ってジャンルってことね」
タツオ「純文学っていうジャンルでいうとね」
プチ鹿島「純文学と大衆小説って何なんですか? ごめんなさい」
タツオ「ん~、正確にいうとあんま違いはないんだけど、応募規定でいうと長さだったりとか、あと、純文学はやっぱちょっとモードがあるわけ、なんとなく」
マキタ「モードがあるの?」
タツオ「お笑いと一緒で、だからいま漫才コントやってもダメみたいなのと同じで」
マキタ&プチ鹿島「ほ~」
タツオ「なんとなくモードも意識して、まあ本も読んでる人だしっていうところだと、で、あと単純にあの人(又吉)めちゃめちゃ文章が最初から上手かったから、そんぐらい行くだろうなと」

本を読んでいない人は芥川賞を取れない。なぜなら漫才を全く観てこなかった人が「M-1グランプリ」に挑戦するようなものだから。又吉さん以外にも芸人が書いた小説はたくさんあるけど、それはモードから外れた大衆小説に位置づけられる。そう説明するタツオさん。

マキタさんからモードの具体例を求められると、タツオさんは芥川龍之介と谷崎潤一郎の「プロット論争」を紹介します。谷崎の「小説は物語(プロット)だ、文章はそれを肉付けするもの」という考えに対して、芥川は「いや、いかに新しい表現や美しい文章を書くかだ、物語(プロット)はおまけに過ぎない」と主張しました。この「プロット論争」に関しては、「タツオさんのブログ」に詳しく書いてあります。

自由は小説にしかない

芥川賞・直木賞のような小説に興味がない人たちを振り向かせる商業的な仕掛けはあっていい。けれどもその一方で「小説は売れちゃいけない」という気持ちもあると付け加えるタツオさん。

タツオ「そもそも小説って売れちゃいけないものだと思ってるわけ」
マキタ「どういうことですか?」
タツオ「あの~すごく、なんかこう、やっぱモードがあって、それが分かってる人たちが書いて、読んで、しかも個人的なことになってくわけよ」
プチ鹿島「うん」
タツオ「まあ俺、今あの~、表に出てみて初めて分かることだけど、もういま自由って小説にしかないなって思ってるんだけど
マキタ「うん」
タツオ「もう本当に個人的なこととか、放送コードとかそういうのを意識せずに書けるものって小説になってくと思うんだけど、そういったものが、大勢の人の共感を得られるわけないと思ってるし」
プチ鹿島「うんうん」
タツオ「読まれたら終わりだと思うんだよね」
マキタ「いま話聞いてて、例えばファッションでもオートクチュールってあるじゃん」
タツオ「あるある」
マキタ「アレとかと同じってこと?」
タツオ「ああいうことと同じ、だから大量消費されるわけがないものというか、そういうなんか、俺はそこ小説ロマンがあるんだけど」

実は羽田圭介さんも「小説の自由」について同じようなことを語っています。

スクラップ・アンド・ビルド (文春e-book)

スクラップ・アンド・ビルド (文春e-book)

多くの人の目に触れたりするものでは細かくて鋭いことができない

2015年11月7日放送「SWITCHインタビュー達人達」(NHK)

今回の出演者はオードリー若林正恭、羽田圭介。

異なる分野で活躍する2人による対談番組。前半は若林さんが売れない時代を過ごした新宿のショーパブ「キサラ」で、羽田さんが若林さんにインタビューしていきます。後半は羽田さんが通っていた「明治大学 和泉キャンパス」に場所を移して、役割をスイッチ。若林さんが聞き役に回ります。

若林「いろいろまあ、聞きたいことはたくさんあるんですけど、『スクラップ・アンド・ビルド』は芥川賞受賞作だからアレだけど、こういうのって」
羽田「はい」
若林「あの……狙ってるの? 書くときって、この作品で芥川賞を」
羽田「取るっていうのは、実はあんまり……芥川賞を狙わないタイプの作家だったんですね」
若林「うんうん」
羽田「例えばですね、デビュー作の『黒冷水』って作品は、原稿用紙400枚なんですよ」
若林「あっそう」
羽田「とかなんですよ、けっこう分厚い本だったんですね、で、芥川賞にノミネートされるのってなんとなく200枚以内ぐらいの作品っていう、なんとなくのルールがあるんですよ」
若林「あ~、なんかあるね」
羽田「だからそのあと僕が小説書くときには、なんとなく200枚以内の作品をよく書かされてきたんですね」
若林「へぇ~」
羽田「芥川賞を狙わないんですけど、なんとなく候補になる枚数を書くっていうのは、けっこう身に染みついてたんですね」

「M-1グランプリ」でいうところの制限時間4分に相当する話かもしれません。

デビュー作の『黒冷水』は新人の登竜門である文藝賞を取りました。羽田さんはこの作品を書く際、過去に受賞した純文学作品をひたすら読んで傾向と対策を練ったそうです。これはまさしくモードを把握するための作業でしょう。

若林「書いてるときにさ、例えば『スクラップ・アンド・ビルド』とかだったら」
羽田「はい」
若林「ん~ある程度、20代後半ぐらいの男の子で、その子も読者で、仕事をこう1回辞めてさ、次の仕事に向けてどうしようか? なんて考えて、仕事をしてない時期の人がいたとして」
羽田「はい」
若林「そういう人をさ……勇気づけたいな、みたいな動機とかってあったりするの? 書くときに」
羽田「あくまでも小説の世界観を、伝えたいことを上手く表現できるように、登場人物や世界観を設定するんで」
若林「うん」
羽田「自分が伝えたいことを正確に伝えるためにはどうすればいいかってことだけを考えてるんですけど」
若林「うん」
羽田「こんな変な考えとか、変な価値観があってもいいんだよって提示すると、なんかその……なんでも集約しがちな価値観から自由さを感じてくれんのかなって」
若林「あ~」
羽田「そのなんか、一息抜けるような小説になればいいなと思うんです」
若林「うんうん」
羽田「すっごい濃い変な世界観の小説を書いても、こんな偏った分かりにくい世界があるんだって、じゃあ自分もなんか世間の主流とされるものからちょっと外れた価値観を持ってても、その場所に居続けていいんだ、みたいな」
若林「こんなこと思ったことあるっていうのが作品のなかにあるだけで、ちょっと楽になるんだろうね」
羽田「はい、例えば、大多数が見たり読んだり接する……多くの人の目に触れたりするものでは細かくて鋭いことができない、小説でいろんな自由が許されるのは読んでいる人が少ないから許されてるっていう、だからと言って、それをできる小説だけが一番優れてるってわけでもないと思うんですよ」

そして今後の目標を尋ねる若林さん。

若林「羽田君はその、夢とか目標みたいなさ、なんかそういうものって持ってるの? 例えば100万部売りたいとか、海外で翻訳されたいとかさ、なんかそういうのってある?」
羽田「僕はですね、もう……駅前の小さな書店とかでも僕の本を置いててくれれば、それが数十年後とかもそうであれば一番うれしいですね」
若林「あ~」
羽田「なんでしょう、書店に本を置いてもらうっていう当たり前の、昔だったら当たり前のことが、今の自分にとってはけっこう夢だったり」
若林「なるほどねぇ」

羽田さんにとって小説を書くことは「自分の書いた感触で納得できるかどうかの闘い」だと言います。

若林「自分がいちばん正確に分かるかなって気持ちがあるんだ」
羽田「そうです、なんとなくダメだなって思ってるやつは、やっぱダメなんですよね」
若林「へぇ~、まあでも、ネタとかもそうかなぁ、なんか、片手で数えるぐらいだけど書き終わった瞬間にニヤッとしちゃうのはやっぱあったけど」
羽田「ふふっ、そうですか」
若林「やっぱでも(舞台の)袖で不安なのよ」
羽田「ははははっ」

羽田さんは小説で、若林さんは漫才。ジャンルは違えど、根っこの部分では重なり合っているのかもしれません。