笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

ピース又吉の小説『火花』を読んでネタ見せについて考える

ピースの又吉直樹が書いた小説『火花』を読みました。

ふたりの漫才師が織りなすリアルな芸人物語。「お笑い」というジャンルならではの問いを、終始投げかけられているような感覚を持ちながら最後まで読みました。芸人であれば誰もが通る道「ネタ見せ」。つまりオーディションです。『火花』では、それに臨むときの心境を次のように書いています。

又吉直樹『火花』(文藝春秋)

自分達が人前で何かを表現する権利を得るためのオーディションなのだから、そこで自分の価値を証明出来ないうちは自らの考えを述べることは許されないという気分が全体に横たわっていたのだ。それは錯覚に過ぎないし、思考の強制もなかったのにもかかわらず。

「ネタ見せ」というシステムについて、他の芸人たちはなんと答えてきたのでしょうか。ちょっと気になってしまったので、ここで3組の考え方を紹介させて下さい。

まずは、バナナマンとさまぁ~ずの三村さん。審査する側の言葉に従いすぎることの危険性を指摘していました。

「ネタ見せ」で言うことを聞きすぎて自分の色を失うな

2010年10月22日放送「バナナマンのバナナムーンGOLD」(TBSラジオ)

パーソナリティはバナナマン(設楽統・日村勇紀)。
ゲストはさまぁ~ずの三村マサカズ。

お笑い芸人を目指すリスナーから質問が来ます。「お薦めの事務所はどこですか?」と。

ライバルが多いけど業界トップに君臨する吉本興業か、それとも格は少し落ちるが頭角を現しやすい他事務所なのか。この2択で悩んだ末、3人の結論は吉本興業に落ち着きました。しかしながら事務所で芸人人生のすべてが決まるわけではないと説きます。

設楽「ただ、これはもう皆もよく言ってるアレで、『面白いヤツはどこに行っても最終的に出てくる』みたいな伝説もあるじゃないですか」
日村「あ~なるほど」
三村「あるある、本当にある」
日村「事務所じゃない、と」
設楽「そう、どこ行っても、っていうのもあるから一概には言えない」
三村「そうだね」

ただし、気を付けるべき点があると設楽さんは言います。

設楽「事務所のネタ見せとかで色つけられちゃう可能性があるから」
日村「ふはははっ」
設楽「それは気を付けて下さいね」
三村「あの~、そこは本当にね、全員言うこと聞かないでいいと思う」
設楽「俺もその派なんですよ~」
日村「そういうの言ったほうがいいんじゃないですか、こういうの」
設楽「俺もそう思うんですよ」
日村「ねぇ、お笑いやりたい人には」
設楽「あの~、やっぱ分かんないで始めるから、で、言うこと聞かないとライブに出れないとか、テレビに出れないんだ、とかいう知識はどんどん入ってきちゃう」
三村「うん」
設楽「言うこと聞くと、色が消えていきますよね」
三村「そう、なんで20歳とか18歳で、いきなり下請けみたいになんなきゃいけないんだ、みたいなね」
日村「そうです」
三村「それまでに培った、18年間培ったさ、お笑い番組を観たりしてお笑い好きになった自分の脳みそができてるわけじゃん」
(うなずくバナナマン)
設楽「もうセミプロなんですよね、その時点で」
三村「そうなの、あとはしゃべりと動きがついて行かないだけだもんね、『俺の思ってることと自分が今やってること、全然ちがう!』って思いながらやってるわけだから」
日村「そうそう」
三村「いずれおっついてくるから、貫いたほうがいいんだよね」
設楽「そうなんですよね、だって、変な感じでやっててもメッキは剥がれますもんね」

自分の内側から出てくる面白さで勝負しなければ相手に伝わらない。

三村「だから芽が出ない人も、自分の頭のなかにあるお笑いを貫けば、出てくんじゃないかって俺は思うんだよね、今くすぶってる人たちも」
設楽「なんかこう、やっぱ今、ネタの短いショートの番組なくなってきたけど、ここでもうちょっと経つとまたこうなんか……」
日村「うん」
設楽「ネタがフィーチャーされる番組が必ず出てくるから、今ここからの何かから、新しい人が生まれてきそうですよね、まあ数年後とかに」
三村「あるよ」

この放送があった2010年は、ネタ番組が立て続けに終了した年でした。3月に「エンタの神様」。8月には「爆笑レッドカーペット」が終了し、ここで活躍した芸人がユニットを組んで始めた「爆笑レッドシアター」も9月に最終回を迎えます。さらに「M-1グランプリ」が10年の歴史に幕を閉じたのも2010年の年末でした。

いわゆるネタ番組ブームが終わろうとしている状況でもあったため、このような熱いトークになったのかもしれません。

次に紹介するのは、ナイツです。彼らはストレートに「ネタ見せ」の必要性に疑問を投げかけます。

そもそもナイツは正統派漫才ではない

2015年2月19日放送「ウーマンラッシュアワーのオールナイトニッポンZERO」(ニッポン放送)

パーソナリティはウーマンラッシュアワー(村本大輔・中川パラダイス)。
ゲストはナイツ(塙宣之・土屋伸之)。

今ブレイクしている8.6秒バズーカーやクマムシが得意とするリズムネタに関して、正統派漫才のナイツはどう見ているのか。そんな質問がリスナーから寄せられると、「ナイツは正統派でもなんでもない」と塙さんは否定します。そこから「正統派漫才とは何をもってそう言うのか?」という話題でトークが展開していきます。

土屋「でもこれ、本当に意外と思うかもしれないけど、うちらの師匠、内海桂子師匠って、ずっと三味線やってるでしょ」
塙「そうそう」
土屋「で、師匠が言う本当の漫才って、唄とか踊りとか、そのリズムとか、そういうのが入ってないと漫才じゃないっていう風に言うのよ」
中川「へぇ~」
村本「いやもうね、このね、正統派漫才って言葉が一番嫌いなんすよ」
土屋「そうなの」
村本「正統派漫才って何をもって正統派漫才って言うね、有る物を壊して違う……自分らの好きなことを会話でね」
塙「そうなんだよね」
村本「それだったらいいじゃない、それをなんか『漫才とはこうだ』みたいな素人は、なんかツッコミがなかったら漫才じゃないとか、なんかコント入ったらどうとか」
土屋「道具持ってちゃダメとか、そういう風に決めてるけど実は、もう桂子師匠からしたら万(よろず)の才能だから、『いろんな芸を入れるのが漫才だ』つって」
塙「うん」
土屋「逆に俺らなんかは、『ただ突っ立てるだけで何が面白いんだ?』みたいな」
塙「本当に今でも、めちゃくちゃ言われるからね、『何が面白いんだ?』って舞台の上で言われるから」
村本「ふふふっ」
塙「『お客さん、何がこのふたり面白いんだと思います?』つって」
(スタジオ笑)
土屋「意外と正統派っていうのも、最近急になんか言い出したことなのかもしれない」

しかも最初のころ、ナイツの漫才スタイルは認められてなかったそうです。

塙「一番初めにやったときは、やっぱ事務所のマネージャーさんからは、『止めたほうがいいよ』とは言われたよ」
中川「なんで?」
塙「小ボケが多すぎるから」
中川「へぇ~」
塙「だから……俺は思うんだけど、ネタ見せってね、あんま要らないと思うんですよ」
村本「うん」
塙「この、テレビとかは、本当にパラちゃんみたいに変なこと言っちゃう子いるから」
中川「くふっ、ちょっと待って下さい」
土屋「フィルターとしてね」
塙「事前に見せたほうがいいと思いますけど、その~、ライブとかで、結局その、ネタ見せするじゃないですか……まあウチの事務所はするんですよ、マネージャーさんと作家さんとかね、いるわけですよ」
中川「はいはい」
塙「大した実績もない作家がね」
(スタジオ笑)
塙「結局その、考えてきたことを、そこで『いや、それはもうダメ』と、ボツと言われて育つことが……育つこともあるけども」
中川「はい」
塙「芸人だから、一番、舞台の上でしか本領って発揮できないじゃない」
村本「うん」
塙「だから舞台の上で一回それを本域でやったときに、スベったら自分でこれはもうやらないって分かるのに、その前で止めちゃうと、一生その感覚が分からないまま、その人に合わせたネタしかできなくなっちゃう」
中川「確かに」

自分の色がどんどん薄まっていき、他人の色で染まっていく状態に。

村本「結局はもう、『真っ白のキャンパスに好きな絵を描いて下さい』やから」
土屋「うん」
村本「そのときになんかこう、他の人と似たような絵を描いて、なんか今までのパターンの絵を描いて」
塙「そうそうそう」
村本「上手な絵と面白い絵は違うから」
土屋「合格点を取るという」
村本「そうそう」
土屋「そればっかりになっちゃうからね」

村本さんの例えに目からウロコが落ちました。

芸人が本領を一番発揮できるのは舞台の上

塙「だから、浅草の東洋館が一番いいシステムだと思ってて」
中川「はい」
塙「あれ12時から4時半までやってるんですけど」
中川「結構長い」
塙「12時から2時ぐらいまでは、もうほとんど若手なんですよ、とんでもないコンビも出るわけです、コンビ組んで2年目とかね、2週間とか」
土屋「普通だったらもうお客さんの前ではやらない」
塙「やれないじゃない、だけどそこでやるわけよ」
村本「うん」
塙「で、お客さんも笑わないんだよ、だけど15分やるから、否が応でもやらなきゃいけないのよ」
中川「若手でも15分なんですね」
塙「やるんですよ、10分~15分」
(唸る中川)
塙「そこで、分かるわけ、『ああ、これウケないんだ』とか、人前に出て恥かくから」
村本「うん」
塙「それをだからしないといけないのに、多分……売れてる人しか出さなくなっちゃってるでしょ?」
村本「目先のね」
塙「そうそう、それはよくないんだよね、本当は」
(うなずくウーマンラッシュアワー)
塙「やっぱ人前でやんないと分からない」
村本「痛みを知って初めてね」
中川「スベって経験値を稼ぐみたいな」
塙「一番恥ずかしいじゃない、やっぱそれが、そのスベることが」
村本「(おそらく中川パラダイスを見ながら)でもめっちゃスベってるのに全然腕上がんないですよ」
中川「うるさいな」
(スタジオ笑)
中川「掴めてないだけや」
土屋「人によるんですねぇ」
塙「人によるんだよね、パラちゃんはネタ見せしたほうがいいだろうね」
中川「ははははっ」

そして最後は、『火花』の著者であるピース又吉さんです。

火花 (文春文庫)

火花 (文春文庫)

反応より発露のほうが強いから「ネタ見せ」で心が折れない

2015年3月8日放送「ボクらの時代」(フジテレビ)

出演者は西加奈子、中村文則、又吉直樹。

日曜日の朝に放送しているトーク番組で、又吉さんと親交の深い作家との鼎談が実現しました。

西加奈子さんは、今年1月に『サラバ!』という作品で第152回直木賞に輝きました。中村文則さんも、2005年に『土の中の子供』で第133回芥川賞を受賞。幾つかの作品は翻訳されて海外でも読まれており、2014年には米国の文学賞「デイヴィッド・グーディス賞」にも選出されています。その授賞式のスピーチで、不思議な体験したと語る中村さん。

中村「こないだね、人生初めてのアメリカン・ジョークをアメリカで言わなきゃいけなくなって」
西「そうやん、そうやん」
中村「賞のスピーチで、アメリカン・ジョーク入れてくれって言われたわけ」
又吉「はい」
西「それ、アメリカって傲慢よね、アメリカン・ジョーク入れてくれってすごいな」
中村「『掏摸(スリ)』って本があってね、まあいろんな物を盗むと、で」
西「へへっ」
中村「ふふっ、あの、『まさか僕のね、主人公がこんな賞まで盗っちゃうとはね』っていうアメリカン・ジョークを英語で言ったらさ、めちゃくちゃウケたんだよ」
又吉「あはははっ」
西「あははっ! うそ~」
中村「なんでか知らないけど」
西「よかったなぁ」
中村「あんときさ、『芸人さんの感覚って……こうなの?』とかちょっと思ったりして」
西「あ~」
又吉「気持ちいいですよね、ウケたら」
中村「そう、お客さんの反応がダイレクトでしょ、笑ったかどうかだもん、怖いよね~」
西「怖い、ウケへんかったときとか、どんなんなんの?」
又吉「ウケへんかったときの自分の表情を、客席の一番後ろから自分で見てる感覚になって、オモロなってくるんですよ」
西「あはははっ!」
中村「それなんかちょっと、文学的だね」
西「それ強いな」

その強さは、どこから来るのでしょうか。

又吉「NSCって養成所があるんですけど、すごい全国から学校でオモロかったって言われた人が集まって来るじゃないですか」
西「うんうん」
又吉「ネタ見せでウケへんかったときのショックがでかくて、割と皆すぐ辞めていくんですけど」
西「そっかぁ」
又吉「残るの僕みたいなタイプなんですよ、期待してないというか、ウケることに対して、オタク気質じゃないですけど、とりあえず自分が考えたことやれるのが、嬉しいっていう」
西「発露や、発露のほうがでかいってことだよね、反応より」
又吉「はい」
西「衝動のほうが大きかったと」
中村「好きじゃないとね、これが一番だよね、だから作家も全く同じ」
西「ただとにかく、『作家儲かるらしいで』で作家なろうとは絶対思わんほうがいいよな?」
中村「絶対思わないほうがいい」
西「そんな人は絶対なれないよね」
中村「絶対無理」
西「売れるわけはないし、書けるわけもないし、っていうのは思う」
又吉「そうですね」
西「そうじゃなくて衝動というか、(又吉に向かって)それこそそうやん」
又吉「はい」
西「なんかもう、思い立ったことやりたいっていう気持ちが、なんかなあ」
中村「そうそう、それが最初にないと無理」

又吉さんは、自分の脳みそにある面白いものを絵の具にして、真っ白のキャンパスに絵を描くこと自体が喜びなのでしょう。真っ白なキャンパスがたとえ「小説」であったとしても、その姿勢が貫かれているならば、紛れもなくそれは芸人の仕事だと私は考えます。