笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

漫才とリズムネタと手拍子

「M-1グランプリ2017」を観ました。そして存分に堪能しました。

もし「今大会で一番好きな漫才を挙げろ」と言われたら、迷うことなく、さや香の「歌のお兄さん」を選びます。

正直に言うと、漫才における歌ネタがあまり好みではありません。でも、さや香がやったのは歌ネタ。最初に歌ネタだと気付いた瞬間、不安が襲ってきました。きっと歌い方や歌詞の内容がヘンテコで、そこにツッコミを入れていくスタイルなのだろうと。

ところがこの予想は裏切られます。歌の途中で「ホンマや」「期待しとるで」などと割り込むから間延びしないし、なによりボケ側が全力で歌を肯定するではありませんか。そのあと繰り出されるハイテンションなやりとりに最後まで笑いっぱなしでした。

笑いの量だけでなく己の苦手意識を完全にひっくり返された衝撃も相まって、漫才が終わったあとの満足感は全出場者のなかでも突出していました。だから点数には多少の不満が残りましたが、でも仕方ありません。

そして、さか香のときの余韻がまだ残っていた影響もあるのか、最後の出番だったジャルジャルへの松本人志のコメントを聞いて改めて考えてしまったのです。漫才とリズムネタの境界線を。

ジャルジャルに最高得点を与えた松本人志

2017年12月3日放送「M-1グランプリ2017」(テレビ朝日)

司会は今田耕司。
アシスタントは上戸彩。
審査員は上沼恵美子、松本人志、博多大吉、春風亭小朝、中川礼二、渡辺正行、オール巨人。

「笑神籤(えみくじ)」によって最後の出番(10番手)となったジャルジャルに、95点という最高得点を与えた松ちゃん。今田さんから感想を求められます。

今田「松本さん、いかがでした?」
松本「僕は、一番面白かったんですけど……多分、そうでもないと思う人も、おるかな?」
今田「そう、分かれますね」
松本「分かれるね、これは」
今田「分かれます、このネタは」
松本「あれ以上、行き切っちゃったらもう曲になっちゃうので、そのギリギリのとこ!
今田「はい」
松本「ここの設定がすごく意見が分かれるとこなんでしょうね、僕はバッチリでしたけどね」

ちなみに、さや香(7番手)は90点でした。決して悪い点数ではありません。もし、さや香のときに感想を求められていたら、松ちゃんはどんなコメントをしたのだろうか。そんな妄想が止まりませんでした。

というのも、以前にリズムネタに関するある行為について松ちゃんが持論を展開したことがあって、結構この境界線をシビアに見ている気がしたからです。

漫才中に手拍子をするのはやめるべき

2017年9月24日放送「ワイドナショー」(フジテレビ)

司会は東野幸治、佐々木恭子。
コメンテーターは松本人志、ヒロミ、三浦瑠麗、長嶋一茂。

「視聴者が取り上げてほしいニュース」で、山下達郎さんがライブで歌う客に苦言を呈した件を取り上げていました。各コメンテーターが演者と客の関係性について意見を出し合ったあとに、佐々木アナが松ちゃんに尋ねます。

佐々木「松本さん、何かこう、迷惑なお客さんとかって体験したことあります?」
松本「体験っていうかね、あの~(首をひねりながら)これ俺だけなのかな? ネタでちょっとリズムネタみたいにやる人がいるじゃないですか
東野「はい」
松本「あんときにお客さんが拍手、手拍子すんのは、あれは絶対やめるべきやと思うんですけどね
東野「うんうん」
松本「ネタなんで、あれは歌ではないので、やっぱ笑いやから、あそこで客が(手拍子しながら)一緒に参加しちゃうと、笑い役がいなくなるんですけどっていう」
東野「うん」
松本「あれはちょっと、気になるんですよね~」

しかし今では芸人のほうから手拍子を求めたりもする。だからもう時代が違うのかもしれない。そう話す松ちゃん。

すると東野さんがこの話題をもっと掘り下げようとして、あえて客側の代弁者を演じます。

東野「でもお客さんからしたら、『これ観たかってん、これを』っていうのがあるから、テンション上がってこう手拍子するんですけど」
松本「でもオチ聞こえへんかったりするやんか、それで」
佐々木「大事なところが」
松本「大事なところが」
東野「だからなんとなく、そういう手拍子し出すと、段々とギャグがなんか廃れていく前兆やっていう風に」
松本「そうね、だから笑いなのか、音楽なのか、よく分からなくなっていくっていう」

漫才中の手拍子については、オードリーの若林さんも言及しています。

「ジャルジャル」M-1グランプリ2017(準決勝)

「ジャルジャル」M-1グランプリ2017(準決勝)

エアロビではなく漫才をやっているので

2017年11月25日放送「オードリーのオールナイトニッポン」(ニッポン放送)

パーソナリティはオードリー(若林正恭・春日俊彰)。

この放送の約1週間前(11月19日)、オードリーが定期的に主催している「ネタライブ」が有楽町のよみうりホールでありました。

若林「(舞台)袖でさ、ネタ観てたのよ、皆の」
春日「うんうん」
若林「でなんか、お笑いのネタってさ……面白いね、やっぱり」
春日「くふっ、まあ面白いよね」
若林「改めて思ったのよ、なんか、お笑いのネタってさ、何かを馬鹿にしていること多いじゃない、やっぱり、ふふっ」
春日「うん……まあ、そうね」
若林「それをなんかこう、『エンターテインメントなんですよ、これは』ってくるんで、で、自分がやることによって、『馬鹿は自分ですからね』っていう、面白いね、ああいうのね」
(スタジオ笑)
若林「なんか、最近テレビの仕事しててさ、正論を正論として言ったほうが……言うシチュエーションが多いのよ」
春日「あ~、なるほどね」
若林「『セブンルール』のことなんすけど」
(スタジオ笑)
春日「いやまあ、それ以外の番組でもあるだろうけど」

これまで「ネタライブ」のチケットは1人1枚までしか申込みできませんでした。しかし今回から1人2枚までに変更されました。その理由は盛り上がりに欠けるから。

1000人規模の会場であっても全員が隣の席に知り合いがいない状況なわけですから、必然的に盛り上がりに影響が出てしまいます。とりわけ全員が着席している開演前は、誰もしゃべりません。

若林「聞いた話なんだけど、会場整理してる社員にね、1人1枚ずつのときは、開演直前に、『じゃあ、私あっちのほうだから、席が』」
春日「ほぉ」
若林「『また、終わったら合流ね』みたいな感じで、こう離れていったと」
春日「なるへそ、友達同士で来ても、お互いで取ってるから、チケットを」
若林「そうそう」
春日「並びじゃ取れないと」
若林「そうそう、なんかそれを聞いたときに、俺はその……友達と真横で『ネタライブ』を楽しんで欲しいなって、なんか心から思ったのよ」
春日「ウソをつけよ!」
(スタジオ笑)

若林さんが客を異様に思いやる芸人を演じながらボケると、それに対して春日さんが激しくツッコミを入れる。つまりラジオのフリートークというよりも漫才みたいなやりとりが、このあともしばらく続きます。

若林「若い子だったみたいで、隣で同じものを観て、いま同じ瞬間に笑った! この子と、友達と、ってやっぱ……笑いの醍醐味やん」
春日「んん!?」
若林「だから……」
春日「ウソをつけよ!」
(スタジオ笑)
若林「くふふっ、ちょっと待てよ、どの部分で言ったんだよ?」
春日「いや、我慢して聞いてたけど、『醍醐味やん』のとこよ」
若林「ああ、『やん』のとこね」
春日「そうよ、関西の、西方面の出身じゃないのに」

いずれにせよ、そういった状況を改善すべく、若林さんの意向で1人2枚までチケットが申し込めるようにシステムを変えました。

若林「開演前、シーンと今までしてたのが、結構ザワザワしてて」
春日「ふ~ん」
若林「お客さんも結構盛り上がってて、最初から、やっぱ開演前にしゃべってるっていいんだなと思って、手ごたえあったんですよ」
春日「はいはい、2枚にしてよかったなと」
若林「お客さんも盛り上げてくれて、芸人さんネタやってるときもさ」
春日「うん」
若林「まあ、ただね、俺達がネタやってるとき、エアロビやってたときの手拍子は要らなかったなってのはあるんですけど
(スタジオ笑)
若林「エアロビやってるわけじゃないからね、あれね」
春日「うん、まあまあ、そうね」
若林「漫才やってるわけであって、エアロビやってるわけじゃないんで、その、手拍子はね、要らなかったなってのはありますけども」
春日「それはまあさ、次から注意してもらえばいいじゃない」
若林「くふっ」
春日「ははははっ、初回だったからね、それも2人で来たからなんじゃないの?」
若林「あ~」
春日「友達同士でね、来たから、『ちょっと手拍子しちゃおうよ』つって」
若林「でもそうなると、1枚に戻すことになっちゃいますけども」
春日「どうしたいんだよ!」
(スタジオ笑)

若林さんは自分自身を馬鹿にすることで、それを漫才風にすることで、素だと照れて言えないお笑いに対する熱い思いを、エンターテインメントに変換して吐き出していたのではないでしょうか。この一連の会話を、そんな風に受け取りました。