笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

ネタ中に観覧席から悲鳴が上がる現象を芸人たちはどう受け止めているのか

ネタ中に観覧席から悲鳴が上がる。

「M-1グランプリ」や「キングオブコント」といった賞レースの決勝でも、たまに見かける光景です。

観覧席から悲鳴が上がれば、そのせいで笑いが失速してしまいます。賞レースみたいな真剣勝負の場だと、下手すれば審査にも影響しかねません。だからと言って規制するのも違うでしょう。このデリケートな問題を、芸人たちはどう受け止めているのでしょうか。

悲鳴が上がるのはコントの世界に入り込んでいるから

2016年10月5日放送「山里亮太の不毛な議論」(TBSラジオ)

パーソナリティは南海キャンディーズ山里亮太。
ゲストはR藤本、ライス(関町知弘・田所仁)。

「キングオブコント2016」で優勝したライスを迎えて大会を振り返っているときに、だーりんずの下ネタで悲鳴が上がった場面について山里さんが言及していました。

山里「だーりんずさんもさ、めっちゃ面白かったけど、もうあの手のお客さんはさ、もう下ネタ笑わないお客さんになっちゃうんだね」
(うなずく出演者たち)
山里「いや、確かに無茶苦茶だよ、前向きにお笑いを観に来てる、すごい良いお客さんでもあるんだけど……」
田所「はい」
山里「怪我とかしてるシーン観て『え~!』とかさ、なんか酷いことが起きたときに『うわ~!』ってなるときってさ、ちょっとなんか……(沈んだ口調で)『うーん』ってなっちゃうんだよね」

しかし関町さんの意見はちょっと違います。

関町「逆に僕は、なんか、すごいコントに入ってくれてるのかな? って」
山里「あっ、そうか! コントってそういう捉え方もあんのか」
関町「そうですね」
田所「信じてるっていう……だとしたら僕らの2本目、よくウケましたね」
(スタジオ笑)
山里「そうだな、ションベン漏らしたのにな」
田所「目の前でションベン漏らされてんのに、よくウケました、そういう意味では」
関町「そう、だから、もしかしたら1本目の僕のキャラを引きずってくれて、アイツが漏らしたぐらいに思ってくれてたのかもしれないですね」
山里「なるほどな」

そしてニューヨークの屋敷さんも、「ネタ中に観覧席から悲鳴が上がる現象」を関町さんと同じ感覚で受け止めていました。

悲鳴が上がるのは一番エンターテインメントを楽しもうとしているから

2016年12月22日放送「ニューヨークのオールナイトニッポンZERO」(ニッポン放送)

パーソナリティはニューヨーク(嶋佐和也・屋敷裕政)。

リスナーからネタ中に悲鳴を上げる行為について問われたときに、屋敷さんは次のように分析していました。

屋敷「一番エンターテインメントを楽しもうとしてるんやと思うよ、だから、なんつうの? ドキドキしたら『え~!』『わ~!』って言うし、面白かったら笑うし、ビックリしたら『おおっ!』って言う、その、喜怒哀楽をマックスにしてるんやと思うよ、あの人たちは」

そう考えるようになったのは、「M-1グランプリ2016」敗者復活での出来事が関係していると言います。

敗者復活の結果が出るまでの空き時間を利用して食事に行こうと思った屋敷さんは、三四郎の小宮さんを誘って会場の外に出ました。するとテレビ朝日の前で行列を見つけます。近づいて確認してみると、それは「M-1グランプリ」の決勝を観覧する人たちの列でした。

屋敷「したら、小宮さんがマスクを外して、『小宮です』みたいなアピールし出したんよ」
(スタジオ笑)
屋敷「そしたら、意外と小宮さんは顔さされなくて(気付かれなくて)、俺のほうが顔さされたんよ」
嶋佐「ほぉ」
屋敷「『あっ、屋敷さんだ!』みたいになったんよ、で、小宮さんが『うわっ、なんだよ! ライブとかお笑いシーン、滅茶苦茶詳しいお客さんじゃねえかよ!』とか言うてたんよ」
嶋佐「うん」
屋敷「だから小宮さんじゃなくて俺を顔さすってことは、そういうことやんか?」
嶋佐「まあまあそうだね」
屋敷「多分、普段お笑いライブとかも行っとるような人らが、M-1の観覧に行ってるんよ」
嶋佐「そうだろうね」
屋敷「やけど、銀シャリさんのうんちくのネタとかさ、『おおっ!』とか言うてたやんか」
嶋佐「うん」
屋敷「だから多分、楽しみたいって気持ちがあそこ(テレビの観覧)に行くとマックスに達して、普段お笑いライブに来てる人ですら、喜怒哀楽がマックスになるんじゃないかなって説が、いま浮かんだ」
嶋佐「なるほどね」

賞レースの準決勝は会場が劇場で、観客もほぼお笑いファンしかいないので、「お笑いライブ」に近い形式と言えるでしょう。しかし決勝に行くと、それが「テレビ番組」に変わります。普段お笑いに接する機会がない人たちも観覧に来ているはず。だから悲鳴は、そういう人たちの素直な反応だと勝手に決めつけていました。

でも「お笑いライブ」に足繁く通っている人でさえも、いざ「テレビ番組」の観覧席に座ると感情が高ぶって喜怒哀楽を言葉で表現してしまう。確かに非日常的な空間なので、この屋敷さんの説は的を射ているかもしれません。

屋敷「本来やったらそこで『え~!』って言ったら、笑いの邪魔になるかも……って考えて、多分言わへんってことやんか、やけど、ディズニーランド行ったら俺らも『うわ~!』ってなってまうのと一緒で、あそこに座ったら、その、『え~!』とか『おおっ!』とか言ってまうようになるんかな、人間て」
嶋佐「うん」
屋敷「まあでも、そういうとこで戦っていかなアカンからな」
嶋佐「まあそうね、難しいな」

実態を知るために観覧経験がある人からのメールを募集したら、たくさん届きました。

テレビ番組を観覧する客の意識はADに近いかもしれない

観覧のバイトがあって、引率の社員から拍手やリアクションの指導を受ける。男2人組だと後ろに座らされるが、若い女性2人組だとマイクの横に座らされる。「櫻井・有吉THE夜会」の観覧で普段の2倍リアクションしようと心掛けている自分がいた気がする。

屋敷さんの説を後押しするような体験談がいくつか読まれたあと、普段お笑いライブに通っているリスナーからの意見も紹介されていました。

「テレビ番組」の観覧は「お笑いライブ」と感覚が違う。なぜなら事前にスタッフから「盛り上げて!」とか「元気よくお願いします!」と言われるから。つまり「ちゃんと番組に協力しなければ!」という使命感が生まれて、大げさにリアクションをしてしまう。ざっくりまとめると、こういった内容のメールでした。

屋敷「(メールの続き)『やはりお金を払って行くライブと違って、観ている側も意識したり緊張する感じがして、ぎこちなく変なリアクションになってしまうのかなと思います』」
嶋佐「なるほど」
屋敷「なるほど、確かにな」
嶋佐「確かにそうですね」
屋敷「俺もADやってたから分かるけど、ADに近いんかもな、もしかしたら」
嶋佐「なるほどね」
屋敷「『笑え!』って殴られてたからな」
(スタジオ笑)
屋敷「一番無茶苦茶やろ? 笑わな怒られんねんで」

ここ最近で一番印象的だった悲鳴といえば、やっぱりだーりんずでしょう。

「エンタの神様」のプロデューサーから下ネタを入れるよう発注されていたアンジャッシュ

2016年12月13日放送「白黒アンジャッシュ」(チバテレ)

司会はアンジャッシュ(児嶋一哉・渡部建)。
ゲストは、だーりんず(小田祐一郎・松本りんす)。

だーりんずは、SMA(ソニー・ミュージック・アーティスツ)所属でコンビ結成は2011年です。

彼らが「キングオブコント2016」決勝でやったコント「童貞のお父さん」。父親が息子に血が繋がってないことを打ち明ける。告白を聞いた息子は「じゃあ、父さんは童貞なの?」と疑い始める。父親が「もっと大事なことあったやろ!」という感じで論点がずれていく。

非常によくできたコントでしたが、父親が童貞を認めた場面で観覧席から悲鳴が上がってしまったのです。

渡部「でも、ライブシーンではウケるわけじゃん、絶対、劇場では」
小田「そうです」
松本「劇場で、やっぱ客電(客席の照明)が消えてるとことかではよくウケるんですけど、あんな華やかなとこで、若いお客さんの前でやったのが初めてだったので」
渡部「なるほど」
小田「なので僕らが、アンジャッシュさんにお聞きしたいのが、なかなかスタジオで収録でネタやるって機会がなくて、ライブが主なので、その……何をもって下ネタ?」
渡部「ああ、難しいね~!」

テレビ番組における下ネタの境界線について相談するだーりんず。というのも、アンジャッシュのコントにも下ネタが結構入っているからです。

そのことを松本さんが指摘すると、渡部さんが興味深い話をしてくれました。

渡部「特にね、『エンタの神様』始まって、後半は『下ネタを入れろ』っていう発注だったの
(驚くだーりんず)
渡部「なんでかと言うと、面白いんだけど、大体どの局も、7時代のネタ番組とかは『下ネタやめてくれ』なの」
松本「はいはい」
渡部「でも五味一男、あの人がすごいなと思ったのは、『茶の間のエロは必要悪だ』と、『俺らもドリフ観て、子供のときに親と気まずい雰囲気になったりした、アレなんだよ、今も!』って言って、確かに下ネタをバッと作って、勘違いコントで」
小田「はい」
渡部「『こんなんで大丈夫?』って言って、視聴率表を見たら、(指を上に弾きながら)キュッってね、世帯(視聴率)が上がるのよ」
松本「へぇ~!」

実は、だーりんずよりも際どい下ネタが入っていたアンジャッシュのコント。それなのになぜ悲鳴が上がらないのでしょうか。

渡部「会場のお客さんが、だーりんずを初めて観る、っていうシチュエーションが多かったときに、もしかしてチョイスかもしれないね」
小田「そうですね」
渡部「分かっちゃえば、面白いシチュエーションコントやるって分かってる人の前だと、完璧だったんじゃない」
児嶋「そうだね」

アンジャッシュは初めての現場では下ネタを削ると言います。

渡部「俺らも、はじめましての現場で、やっぱ下ネタやらないから」
児嶋「そうだね、確かにそうだ」
渡部「なんとなく認知されてるなって現場でしかやらない」

渡部さんの言葉が胸に突き刺さる小田さん。なぜなら事務所の先輩であるバイきんぐ小峠さんに同じ理屈で怒られたから。

小田「リアルに言うと、バイきんぐの小峠さんにも怒られまして、『お前らのこと知らないわけだから、知らねえオジサンが急に出てきて、童貞って言って、誰が笑うんだ!』」
(スタジオ笑)

まさに「なんて日だ!」と同じトーンで言われたそうです。