笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

オードリーとバイきんぐの売れるまでの過程における共通点

オードリーとバイきんぐの売れるまでの過程を追っていくと、いくつか共通点が見つかります。そしてその共通点から、彼らがテレビで活躍し続けている理由が浮かび上がってくるのではないか。そう思ったわけです。

まず誰もが分かる共通点として、売れるきっかけが賞レースでの活躍だったことが挙げられます。

売れるきっかけが賞レースでの活躍

オードリーは、2008年の「M-1グランプリ」で敗者復活から勝ち上がって準優勝。一夜にして運命が変わり、8年間におよぶ下積み生活から抜け出すことに成功しました。一方のバイきんぐも、2012年の「キングオブコント」で優勝。小峠さん渾身の「なんて日だ!」がTBSのスタジオを揺らし、長い暗黒時代に終止符を打ちました。

1996年に大阪NSCに入学したバイきんぐは、大阪吉本で4年間過ごしたのち、現状を打破すべく東京へ進出。ナベプロで1年、東京吉本で1年、さらに事務所に所属していないフリーの時期を3年。そして2005年に今の事務所であるソニーに入って7年。じつに16年の潜伏期間を経ての優勝でした。この下積みの歴史は、バイきんぐ本人がラジオで「何年ぐらい」「だいたい何年」と記憶をたどりながら語っていた部分を並べているため、多少の誤差があるかもしれません。

それにしても当時は長く感じたオードリーの下積み時代が、今だと短く思えるから不思議です。余談ですが、以前に「オードリーが売れるまでの過程」をブログに書きました。こちらを先に読んでおくと、あとの話が理解しやすいかもしれません。

続いて2個目の共通点は、ボケとツッコミを入れ替えたことです。

「小声トーク」でボケとツッコミが逆だと気付いたオードリー

芸人として食えてない時期のオードリー。あるネタ番組のオーディションで、こんなダメ出しをされてしまいます。「春日のツッコミはポンコツだよ」。1000組以上の若手を見てきた放送作家の言葉だったので、実際に「小声トーク」で検証することにしました。「小声トーク」とは、当時オードリーが自主的にやっていたトークライブです。予算がないという理由で春日さんの自宅が会場でした。

10人ほどの客と一緒に自分たちの漫才の映像を観ながら、春日さんのツッコミをひとつずつ判定していきます。するとどうでしょう、春日さんのツッコミ間違いを若林さんが「それ違うだろ!」と指摘するたび、客が笑うではありませんか。若林さんは膝を打ちます。今みたいな掛け合いを「そのまま漫才にすればいいんだ」。こうしてオードリーはボケとツッコミを入れ替えて、いわゆる「ズレ漫才」という自分たちのスタイルを確立していったわけです。

一方のバイきんぐも、オードリーと似た経緯でボケとツッコミを入れ替えています。

自主ライブでボケとツッコミが逆だと気付いたバイきんぐ

2012年10月1日放送「バイきんぐのラジカントロプス2.0」(ラジオ日本)

パーソナリティはバイきんぐ(小峠英二・西村瑞樹)。
聞き手は放送作家の植竹公和。

芸歴16年目のバイきんぐが「キングオブコント」で優勝するまでの軌跡を、植竹さんがじっくり掘り下げていきます。

植竹「そこ(キングオブコント優勝)まで来る前に、紆余曲折があって、なんか、ボケ・ツッコミを変えたんだって?」
小峠「そうですね、今は僕がツッコミで、西村がボケ……」
植竹「小峠君がツッコミですね、西村君がボケ」
小峠「はい、3年ぐらい前までは本当に僕がボケで、西村がツッコミでしたね」
植竹「つまり13年間逆だったってこと!?」
西村「そうですね」

13年目にして一体何があったのでしょうか。

植竹「誰かに言われたの?」
小峠「いや、これが……まあ、ずっと定期的に、ここ4年ぐらいやってる自主ライブみたいなのがありまして」
植竹「はいはい」
小峠「2か月に1回、新ネタを6本やるっていうライブを、ずっとやってるんですけど」
植竹「けっこうキツいよね」
小峠「けっこうキツいですよね、で、やってて、6本作るんで、いろんなタイプのネタを作るわけですよね、例えば僕がボケで西村がツッコミのやつ、僕がツッコミで西村がボケ、お互いダブルボケのやつ、まあいろんなパターンのネタを作ってて」
植竹「うん」
小峠「で、6本やって結局、すごく一番ウケたりだとか、あとあと残ってるネタって、気付いたら僕がツッコミのネタが多かったんですよ」
植竹「あ~、そっか」
小峠「はい、で、僕がツッコミのネタのほうがクオリティも高いし、お客さんにもウケる、評判もいい、これは……求められてるのはコッチだし、ウケるのもコッチなんやっていうのを気付きだして、もう僕がツッコミのネタしか書かなくなりましたね」
植竹「はは~、データだね、データに裏付けられた」
小峠「ええ」

客の反応を見てボケとツッコミを入れ替えたオードリーとバイきんぐは、さらに信頼できる他者からのアドバイスを活かして、賞レースでも十分に戦えるレベルにまで成長します。

最後となる3個目の共通点は、「ラ・ママ新人コント大会」で更なる進化を遂げたことです。

「ラ・ママ新人コント大会」で更なる進化を遂げたオードリーのズレ漫才

「ラ・ママ新人コント大会」は、コント赤信号の渡辺正行さんが主催するお笑いライブで、渋谷のライブハウス「ラ・ママ」で定期的に開催されています。

ネタ見せにやってきたオードリーを「これはM-1の決勝に行ける漫才だよ」と高く評価した渡辺さん。彼らがまだくすぶっていた頃の話です。そう評価した上で、春日さんのボケに対して若林さんがおでこを叩いてツッコみ続けるのは強すぎるから、「あくまでネタで叩いているんですよ」というニュアンスを入れてみてはどうかと提案します。

渡辺さんのアドバイスを受けて若林さんが考えてきたのが、次のようなやりとり。
若林が「お前と漫才やってられねえよ」とあきれると、春日が「お前、それ本気で言ってるのか?」と聞いてくる。すると若林が「本気で言ってたらお前と何年も漫才やってねえよ」と否定して、お互い顔を見つめながら「ヘヘヘヘッ」と高らかに笑う。
これを漫才の合間に挟むことによって緩急が生まれ、より一層ウケるようになりました。

「ラ・ママ」との出会いが運命的な巡り合わせだったオードリーに対して、明確な意志を持って「ラ・ママ」の門を叩いたのがバイきんぐです。

キングオブコント優勝を見据えて「ラ・ママ新人コント大会」の門を叩いたバイきんぐ

2012年10月1日放送「バイきんぐのラジカントロプス2.0」(ラジオ日本)

パーソナリティはバイきんぐ(小峠英二・西村瑞樹)。
聞き手は放送作家の植竹公和。

「ラ・ママ新人コント大会」の運営にも携わっている植竹さんが、バイきんぐに尋ねました。なぜ「キングオブコント」の本番間近になって、このライブのネタ見せに参加したのか。今まで全く顔を見せなかったのに。

小峠「キングオブコントの決勝でやった教習所のネタを、まあライブとかでもやってますし、あと、うちの事務所のネタ見せのときの作家さんとかにも見せてて」
植竹「ええ」
小峠「もうこれ以上変えるところがない、オッケーっていうところまで来てたんですけど……さてこれを、よその作家さん、例えば『ラ・ママ』で見た場合」
植竹「うん」
小峠「今まで誰も指摘してくれへんかった場所を言ってくれるんじゃないかと」
植竹「なるほど~」

とにかくネタのクオリティを少しでも高めたい。なぜなら決勝進出ではなくて優勝を目指しているから。

小峠「あの教習所で言うと、最後に……」
西村「タイムカプセルを」
植竹「はいはい」
小峠「タイムカプセルを開けるところがあると思うんですけど、『ラ・ママ』のネタ見せのときにおっしゃっていただいたのが、『そのネタ何回もやってるから、タイムカプセルを開けるシーン、なあなあになってるよ』」
植竹「うん」
小峠「『西村君がタイムカプセルを出したら、小峠君はもうちょっとリアクションがあるんじゃない? タイムカプセルを開けて中を覗くとか』」
植竹「はい」
小峠「『鍵が出てきたときに、もっと上にあげて何の鍵だろうと思って眺めるとか、今の感じはただの作業になってるよ、もっとタメたり、表情付けるなり、リアクション取ったほうがいいよ』って言われて」
植竹「うんうん」
小峠「確かに、もうこのタイムカプセルの中に鍵が入ってるって当然、ふふっ、僕は分かってるから、その体(てい)で流れでやってるんですよね、それを指摘していただいて、それをそのまま活かしました」
植竹「なるほど」
小峠「だから僕がずっと思ってた、もう誰にも指摘されへん部分の、なんか1個でもいいから、ダメ出しをもらってそれを活かしたいなと思ってるのが、あのネタで言うと、タイムカプセルのあの鍵ですね」

譲るべきところと、譲るべきでないところをきちんと自覚している。だから賞レースからバラエティ番組に戦場を移して異なる競技での勝負を強いられても順応できたし、その一方で譲れない部分をしっかり守っているからこそ、バラエティ番組で簡単に消費されることなく今なお活躍し続けている。頑固すぎないし、流されすぎもしない。そのバランス感覚が、オードリーとバイきんぐは抜群なのではないでしょうか。