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笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

オードリーのズレ漫才が栄光をつかむまで

オードリー 浅草キッド オールナイトニッポン 賞レース ラ・ママ

デビューしてから約6年間、テレビに全く出られなかったオードリー。
当時の自分たちを振り返って、「下積みをこじらせていた」と表現した若林さん。そんな彼らがある発見をきっかけにして、暗黒の下積み時代から抜け出すことに成功します。
今回はそのときのエピソードを私なりに集めて整理してみましたので、紹介させて下さい。もしかしたら私が一番好きなオードリーの話かもしれません。

クイック・ジャパン99

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  • 作者: オードリー,氣志團,有安杏果,ももいろクローバーZ,ARATA,中村珍,石原さとみ
  • 出版社/メーカー: 太田出版
  • 発売日: 2011/12/10
  • メディア: 単行本
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ネタ番組の放送作家から「春日のツッコミはポンコツだよ」

2009年6月30日放送の「人気者の自分史バラエティ 草野☆キッド」。

出演者は浅草キッド、草野仁、そして、テレビ朝日の堂真理子アナ。ゲストにオードリー。ゲストの芸人人生を振り返っていくこの番組。下積み時代に行ったネタ番組のオーディションの話になり、

若林「あるネタ番組で、放送作家さんに僕だけ呼ばれまして、『あの〜、俺が言うのも変なんだけど、若手のツッコミを1000人ぐらい見てきたけど、春日はポンコツだよ』」
(スタジオ笑)
若林「『あんなツッコミの下手なヤツはいない』っていうことで、『ツッコミっていうのは周りのこととか、他の人のことも見れてないといけないんだけど、春日は春日のことしか考えてない』」
(大きくうなずく春日)
若林「『いや、そうですね』って言って、春日に『あの・・・放送作家の方が、お前のことツッコミとしてポンコツだよって、さっき言ってたよ』つったら、『そんなわけね〜だろ!』ってツッコまれまして」
(スタジオ笑)
春日「ボケだと思って、ふふっ、ツッコんじゃったんです、それすらも気付かなかったんですよね」

そうです。世に出る前はボケとツッコミが逆で、春日さんがまさかのツッコミでした。
放送作家からポンコツとまで言われてしまったオードリー。全くウケない状況をなんとかすべく行動を起こします。

自分たちがどんな人間か知ってもらうため、春日宅でトークライブを始める

若林「ネタをやってるからいけないんじゃないか、まず自分たちがどんな人間なのか、素のしゃべりなら出るだろうってことで、トークライブをやることになったんですけど、劇場代が1回ライブやると、4万、5万はかかってしまうんですね」
春日「ええ、かかります」
若林「『俺に良いアイデアがある、俺んちでトークライブやろう』って言うんですよ」
草野「俺んちで?」
春日「ウチの小屋空いてる、つって」
草野「はっはっはっはっ」
若林「『ウチの部屋なら劇場代タダだろう』ということで」
玉袋「おお」
若林「春日の部屋でトークライブを始めたんですね」
博士「やるの?」
春日「そうなんです」

春日宅でトークライブを始めたことが、オードリーの漫才スタイルに影響を与えます。

トークライブの企画でズレ漫才のベースが生まれる

若林「でまあ、そんなときにですね、ちょうどさっきの(春日の)ツッコミがポンコツだ、っていうのを聞いたりしてまして」
春日「ええ」
若林「で、このライブが2時間だったんですけども、ツッコミ下手なのかな?と思いまして、ライブの映像をですね、春日のツッコミが下手かどうかを見返してみたんです、フリートークで」
草野「はいはい」
若林「合ってるツッコミと間違ってるツッコミを、こう正の字で書き出してみようと思って、で、やったらあの〜、間違ってるツッコミが28個あるんですね、合ってるツッコミが4個なんです」
(スタジオ笑)
若林「確かに下手だな〜と思いまして、で、(春日が)変なところでツッコんでくるのを『おい、それ違うだろ!』って言ってる部分が、わりかしお客さんの反応が良かったんで
玉袋「おおっ」
博士「まさに今のネタと一緒だ」
若林「そうなんです、そこの言い合いの口喧嘩みたいになってるところが一番お客さんの反応が良かったので」
玉袋「ほぉ」
若林「あっ、じゃあ、それをそのまま漫才にすればいいんだ」

放送作家の春日のツッコミはポンコツ発言が、ここで活きるとは。
ズレ漫才を見つけたときの興奮を「オードリーのオールナイトニッポン」でも語っています。

ズレ漫才を見つけた瞬間、気持ち悪くなって吐きそうになった若林

2011年8月13日放送の「オードリーのANN」。

春日さんのツッコミについて検証したトークライブ。このビデオを家で見ていた若林さん。

若林「家でほら、トークライブのビデオを見てて」
春日「はいはいはい」
若林「『お前のツッコミ違うよ、そこ』って言ってるところの、フリートークになってるところがすごいウケてて」
春日「うんうん」
若林「で、それをボーっと見てて、ちょっと待てよ・・・これツッコミが、場所が違う、ニュアンスが違うっていう、ツッコミができてないっていう漫才・・・やればいいんじゃねえの!?これをこのままやればいいんじゃねえの?」
春日「うんうん」
若林「って、思いついた瞬間気持ち悪くなったもん、(嘔吐の様子を再現しながら)ううっ!」
春日「ははははっ」
若林「はっはっはっはっ、これ・・・イケんじゃない!?と思うから、(嘔吐の)ううっ!ってなって、これ春日にすぐ言わなきゃ!と思って
春日「ええ」

居ても立ってもいられない若林さんは、すぐに春日さんに連絡して呼び出し、原付に飛び乗ります。

若林「原付乗って、信号で止まってたら横に警官が、自転車でさ、止まったの、キーッて、したら警官に言いそうになったもん、あやうく」
春日「ははははっ」
若林「ちょっと俺、すごいこと思いついたんですけど!
春日「はっはっはっはっ」
若林「はっはっはっはっ、聞いてくれません?って」
春日「はいはい」
若林「そいで、ジョナサン、高円寺に春日呼び出して、『春日・・・あんまおっきな声で言えない、これ、芸人がどこでネタ合わせしてるか分かんねえから』って、いるわけねえのに」
(作家さん笑)
若林「すごい小声で、あのこういう漫才で・・・俺が『どうも』って言って、『こうこう最近やせたいんですよ』つったら、(春日が)『誰に話しかけてんだよ!』ってツッコんでくるんだよ、で、それツッコミ間違ってるだろ?したら、『なんで今ね、ツッコんできたか分かんないんですけども』とか、『お客さんだよ!』とか、ず〜っとそれをケツまでやるんだよ!イケるぞ、俺ら!つったら、春日が『どういうことですか?』」
(スタジオ笑)
春日「『ちょっと分からない、それはなんなの?』って」
若林「『分からんか!もう!』、ふふふっ、『もう1回説明するぞ!いいか・・・』つって、もう気持ち悪くなっちゃって」
春日「ははははっ」

若林さんの興奮収まらない様子が目に浮かぶようで、私も興奮。

オードリーの小声トーク 六畳一間のトークライブ

オードリーの小声トーク 六畳一間のトークライブ

ズレ漫才の発見によって、これまでのスタイルをがらりと変えたオードリー。ボケとツッコミも入れ替えて、春日さんはピンクのベストを着込み、もみあげを切り落としテクノカットに。

新生オードリーの誕生

あとは階段を一気に駆け上がるのみ!と思いきや・・・そう上手くいきません。ズレ漫才というスタイルを自分達で消化しきれてないのに加えて、以前と全く違うスタイルになった事への拒否反応。これにしばらく苦しめられることになります。

2011年8月20日放送の「オードリーのANN」。

スタイルを急に変えたオードリーに対する周りの反応について、

若林「ネタ見せするじゃん、稽古場で、あの事務所で、したらさ、芸人が溜まりになってるのよ」
春日「はい」
若林「20人ぐらい」
春日「まあ見てるんですよね、ネタ見せを」
若林「そう、で、芸人がゲラゲラ笑ったりするのよ、急にね、したらさ、ある力も持ってる先輩がさ、『いや、裏だな〜』とか」
春日「くふっ」
若林「終わった後言ったりするのよ」
春日「ははははっ」
若林「『裏だな〜』つって、裏だな〜っていうのは要するに、裏笑いだから」
春日「客前ではウケないぞ、と」
若林「気にすんだよな、俺も春日も、裏かな?って、その先輩が言ってさ、『裏だな〜』って言われたらさ、先輩だし」
春日「うん」
若林「で、『裏だ、裏だ』って言うヤツがいて、でも『いや、続けたほうがいいよ』って言う先輩と、絶対見つけてるから続けたほうがいいって人がいるの」
春日「うん」
若林「で、ネタやってる最中に言われたりしたもんな、『裏だよ、裏』って」
(苦笑する春日)
若林「あれ、すごいよな〜、そういうのがあるからね、正直、だからそれでも関係ねえよ!と思わなきゃいけない、後輩が」
春日「そうね」
若林「お前が言ってることなんて知ったこっちゃねえよって思わないと

先輩芸人だけでなく、それまで付いてきてくれたファンからも辛らつな意見が。

若林「で、お客さんも(アンケートに)書かれるからな〜」
春日「あ〜」
若林「あの〜、『なんなんですか?』と、ふふふっ、それを頑張る・・・何年か頑張んないといけないじゃん、3年かなんか」
春日「そうね」
若林「結局2回戦で落ちてるから、M-1も、『形見つけた!ついにこれで出れるぞ!』って、俺が吐き気した後のM-1、2回戦で落ちてるからね」

スタイルを変えたオードリーを見たテレビ局の人から「茨(いばら)の道だよ」

若林「春日が読むのよ、全部のアンケート、で、春日が読んでて、また次のネタ、あの形(ズレ漫才)で作ってると、春日たまに言ってたもんね、『ナニナニって書いてあったけどな・・・』とか、そういうこと言ってたもんね」
春日「まあ・・・そうね、う〜ん、だから難しいところだよね、それで新規で入ってきてくれるね、ファンの人もいたり、形変えてね、今までのファンがいなくなったり」
若林「今でも覚えてるけどね、テレビ局のね、オーディションで、(以前のスタイルの)コントでそこそこいいよって言ってくれてた人が、急にピンクのベストでもみあげ落とした春日が」
春日「はっはっはっはっ!」
若林「アラララ〜、ってなるわけよ」
(作家さん笑)
若林「したら言われたもん、追っかけられて、オーディション終わって歩いてたら、あの〜追っかけてきて、『いや〜、茨の道だよ』って言われて、『それでどうなんだろう・・・俺は責任持って言えないけど茨の道だよ、とにかく』って言われてさ」
春日「うん」
若林「でももう追い込まれたし、茨の道でもな〜っていう感じまで行っちゃってたから」
春日「まあそうね」

「茨の道だよ」。オードリーのことを親身になって考えた上で出てきた言葉。そうに違いありません。でなければ、わざわざ追っかけてきて声なんて掛けないでしょうから。

春日「自分らとしても面白いんだけど、大丈夫なのか?っていうのがあるからね、世間に出したときに」
若林「うん、そうだよね」
春日「我々だけ面白いヤツなんじゃねえか?っていう、不安がありますからね」
若林「そうだよな〜」
春日「第三者に言われると、そこけっこう・・・」

直後のM-1グランプリでも結果は出なかった。自分達と世間とでギャップがあるんじゃないか?という不安。
そんなとき、ある大物先輩芸人との出会いが、オードリーの迷いや不安を消し去ります。

ラジオにもほどがある (小学館文庫)

ラジオにもほどがある (小学館文庫)

オードリーの漫才を見た渡辺正行「これはM-1の決勝に行ける漫才だよ」

2009年6月30日放送の「人気者の自分史バラエティ 草野☆キッド」。

また「 草野☆キッド」に戻りまして、

若林「渡辺正行さんがですね、主催する『ラ・ママ』っていうライブがあるんですけども」
春日「ええ」
若林「あの〜、そこで、渡辺正行さんにネタを見ていただく機会がありまして、ネタを見せた途端にですね、『これはM-1の決勝に行ける漫才だよ』って」
草野「ほぉ〜」
若林「全然テレビでもライブでも活躍してなかったのに、言っていただきまして」

ここは何回聞いてもグッと来ます。

若林「リーダー(渡辺正行)が本当にダメ出しがけっこう厳しいんですね、若手に、それも聞いてたんで初めて見せるとき怒られるんじゃないか、と思ったんですけど、本当に親身に『これは良い漫才に絶対になるから、真剣にやりな』って言われまして」
春日「ええ」
若林「で、原付で泣きながら帰ったぐらい嬉しかったんですけど
(真剣な表情でうなずく浅草キッド)

このときのことを渡辺正行さん自身が語っていたラジオ番組がありますので、一緒に紹介させて下さい。

渡辺正行のアドバイスがズレ漫才に足りなかったピースを埋める

2012年3月10日放送のTBSラジオ「土曜朝イチエンタ」。

パーソナリティは堀尾正明。ゲストに渡辺正行。
自身が主催する「ラ・ママ」のコント大会で、オードリーのネタを初めて見たとき、

渡辺「彼ら(オードリー)がまだその〜、本当に低迷してて、自分たちのライブであるとか、いろんなライブに出てたときに」
堀尾「はい」
渡辺「つまんない、つまんないって言われてたんですけど、で、僕らのライブのネタ見せに来て、やったんですよ」
堀尾「はい」
渡辺「すっごい、あの、漫才としては出来上がってるんですよ」
堀尾「へぇ〜」
渡辺「ただ、そのツッコミがちょっと強すぎたりとか」
堀尾「若林さんね」
渡辺「はい、そういうのがあったんですけど、そんときに僕がオードリーの漫才を見て、『いや、君達の漫才はもう漫才として出来上がってる、君達の漫才は・・・』、当時M-1ってあったんですけど、『M-1を狙えるクラスの漫才である』って言ったんです」
堀尾「うん」
渡辺「で、彼らはそれまで本当に落ち込んでて、もう漫才やめようかな、みたいな気持ち・・・だったらしいんですけど」
堀尾「うんうん」
渡辺「でも僕が『いや、君らはM-1狙えるクラスだ』っていう風に言ったら、若林君は嬉しくて、なんか当時バイクでね、通ってたらしいんですけど、帰りながらヘルメットの中、涙で濡れたらしいですよ
堀尾「へぇ〜」

さらに渡辺正行さんのアドバイスが、ズレ漫才に足りなかったピースを埋めます。

渡辺「若林君が、春日君がボケたときに、ここのおでこのところをパンッパンッて叩いてたんですよ、ずっと」
堀尾「叩く、叩く」
渡辺「で、全部のボケに対して叩いてたんですよ、『それは〜ちょっと強すぎない?』って話をして」
堀尾「うん」
渡辺「で、『もうちょっとそれはネタでやってるんですよ、これは段取りでやってるんですよっていうような、なんかそういうニュアンスが・・・あの〜見えてこないかな?もうちょっと仲のいい感じがね、見えてこないかな〜』って言ったら」
堀尾「はい」
渡辺「その次の月に、(若林が)叩いて(春日が)『お前痛いよ』とかって言って、『そんなにお前、俺のことイヤなのかよ』って言ったら、『本当にイヤだったら漫才なんかやってねえよ』って、2人で
堀尾「わぁっ!と笑う」
渡辺「笑う」
堀尾「はぁ〜」
渡辺「ってパターンを作ってきたんですよ」
堀尾「作ったんだ、アレを、へぇ〜」
渡辺「『おお!そういう感じ、そういう感じ、それいいよ、それいいよ』って」

こうして渡辺正行さんと出会ったことで、ズレ漫才に磨きがかかっていきます。
そしてオードリーのズレ漫才が確立したところで「2008年M-1グランプリ」が開催。彼らは、その舞台へ向かうのでした。