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笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

オードリーがズレ漫才を手に入れるまでの試行錯誤

オードリー春日俊彰のキャッチフレーズが「東洋一のツッコミ」だった時代があります。
ただし、周りからそう呼ばれていたわけではありません。タスキに書いて自ら名乗っていたのです。長い下積みによる迷走でした。

2008年の「M-1グランプリ」以降ずっと売れ続けているオードリー

2014年6月21日放送の「オードリーのANN」。

オードリー若林にありがちな考え方や行動を想像して送ってもらう「実録!若林学部」。ネタごとに当たっているかどうかを本人が判定します。このコーナーに「後輩と飲むときはズレ漫才ができるまでのエピソードを数時間かけて語っている」というネタが届くと、

若林「いや、もういいだろ」
春日「『いや、最初はさ~』つって」
若林「ははははっ」
春日「『春日がさ、タスキをかけてたんだよ』つって、くふふふっ」
若林「俺の代わりにゴンちゃん(ビックスモールン)がしゃべってるときあるね」
春日「あははははっ」

若林さんの判定は「不合格」。その理由を次のように説明していました。
売れる前の話はいろんなメディアで披露してきて、それに見合う利益をすでにもらってしまった。視聴者も「見合ったもん、もらってんだろ」と思っているはず。だから自分から語ることはしない、と。
オードリーがブレイクした2008年「M-1グランプリ」から5年半が過ぎました。この若林さんの客観的な視点があるから、彼らは今も売れ続けているのかもしれません。

ところで、「春日がタスキをしていた」で思い出したのですが、2010年の放送で「ズレ漫才ができるまでのエピソード」を軽く話しています。まだ自己紹介的なトークが求められている時期でした。

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デビューしたときは爆笑問題のような漫才スタイルだった

2010年12月10日放送の「オードリーのANN」。

若林のトークゾーンの内容は、収録が1時間延びるほど盛り上がった「ブラマヨとゆかいな仲間たち」について。この番組で、オードリーのネタの変遷を振り返る企画があったと言います。

若林「打ち合わせがあってね」
春日「ええ」
若林「最初は、漫才は俺がボケで春日がツッコミで、時事ネタね」
春日「うんうん」
若林「22歳か、22歳の男2人が、なんか2000年問題とかに毒舌吐いたりする漫才やってたもんね、クククッ」
春日「あ~、やってた」
若林「爆笑問題さん的な」
春日「やってたやってた、『最近アレだな』つって」
(スタジオ笑)

それからテレビで漫才をやるまで8年かかったオードリー。長い下積みのあいだに芸風も変化していきました。

若林「ちょうど俺が26(歳)ぐらいよね、春日がピンクのベストを着始めたの」
春日「う~ん、ああ、まあそうだね」
若林「26ぐらいで、(事務所の)後輩もちょっとその辺の芸暦でしょ?今」
春日「そうでごんすな」
若林「でもう、朝起きてから寝るまで俺はもう気分悪くてしようがなかったんだから、あのぐらいの歳は、イヤでイヤで」
春日「なるへそ、何も変わらないから」
若林「何もかもに腹立ってたし、何もいいことないし」

同期のハマカーンやどきどきキャンプが単独ライブをやっているのに、オードリーは春日の部屋で「小声トーク」という小規模なトークライブしかできない。周りの芸人に追い抜かれていくことも相当ストレスになっていた若林さん。

オードリーの小声トーク 六畳一間のトークライブ

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そして、当時の迷走ぶりを振り返っていきます。

迷走が止まらない春日のキャラ

若林「ブラマヨさんの番組で『オードリーのネタの変遷をやるから』つって、映像とか写真とか出して打ち合わせしてたときに」
春日「うん」
若林「これね、意外と知られてないのを発見したんですよ」
春日「ほぉ、何がですか?」
若林「まず春日さんの芸名が、『春ボーイ』だった」
春日「ふははははっ!」
若林「きゃはははっ」
春日「そうね~!」

発見はこれだけじゃありません。

若林「タスキをかけてたでしょ? 春日さん」
春日「タスキをかけてましたよ、ふふっ」
若林「春日さんね、胸張る漫才になったばっかりのときに、タスキをかけて、『東洋一のツッコミ』って書いてあるタスキをかけて、漫才やってたんですよ
(スタジオ爆笑)
春日「そうね」
若林「ね!」
春日「そうそうそう、だから、今の形の漫才の初期、一番最初の、初期の初期ですよ」
若林「うん、それで、どっちが先かって話に春日ともよくなるんだけど、タスキの『東洋一のツッコミ』っていう文字が猫背だと見えにくいから、胸を張って、その『東洋一のツッコミ』を見えるようにしたのか? あと胸を張るモノマネね、カワムラさんっていうラグビー部のキャプテンの真似を俺がしてて、それを春日にやってもらったのか? とかね」
春日「う~ん、その辺は……」
若林「もう覚えてないけど」
春日「覚えちゃいないな~」

若林さんは、漫才が終わると毎回タスキを客席に向かって投げつけていました。真面目な春日さんは、タスキにマジックテープを付けて着脱しやすいように加工していました。

若林「でまあ、これも知られていないのが春日の髪型が七三じゃなくて、一番最初はギバちゃんカット(柳葉敏郎の髪型)だった」
春日「ぶはははっ!」
若林「あはははっ!ギバちゃんカット、もみあげ無しだったのよ」
春日「そうそう、そうだね」
若林「で、七三になってって」
春日「いや、ギバちゃんカットがあって、七三までのあいだに、橋田壽賀子ヘアーってのありましたよ」
(スタジオ笑)
若林「あった!あった!」

モヒカンヘアーもありましたね。1日でやめちゃいましたが。

若林「まずベスト、ピンクのベストが、ピンクのセーターだったのも知られていないね、意外とね」
春日「ピンクのセーターで、ズボンが白じゃなくて、ベージュの、カーキ色の」
若林「ははははっ!」
春日「ディッキーズかなんかのチノパンですよ」
若林「で、俺、映像を見直そうと、番組のために」
春日「ええ」
若林「俺ビックリしたのが、『ウィ』があるでしょ、あれ最初『ウィス』だったの」
(スタジオ爆笑)
春日「あ~そう!?あはははっ!」
若林「『ウィス!ウィス!』、きゃはははっ!」
春日「『ウィス』か~」
若林「だんだん『ウィ』になってってるわけ」
春日「へぇ~」

しかし、全く売れる気配がありません。気が付いたら「売れるため」ではなく「辞めるため」に試行錯誤するようになっていました。

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当時の若林のノートに「挑戦→不成功→クビ」

若林「なんか、もう反抗期すぎて、遅い反抗期すぎて、要するにクビになろうと思ってたわけだから、で、ノートも全部日記を出したら、ノートの一番上に、『挑戦→不成功→クビ』って矢印がしてあるのよ」
春日「くふふふっ」
若林「ははははっ」
春日「流れね」
若林「そうそう、変な漫才に挑戦して不成功になってクビになったら、要するに悔いが残んないで辞めれる、っていうことをやろうしている2人だから」
春日「うん」
若林「2人っていうか俺がそうなんだけど」

有名な話ですが、春日さんがゆっくり歩いて舞台に登場するのはクビになるためでした。また、漫才の後半にひたすら踊っていたオードリー。これもクビになるため。辞める理由が欲しかったのです。

若林「で、これ(踊り)を『やめろ、やめろ』と、事務所のネタ見せで社員と放送作家と」
春日「ええ」
若林「栗ちゃん(栗坂祐輝)が、ふふっ、栗ちゃんがもう放送作家で、事務所のネタ見せに入ってて」
春日「ほぉ~」
若林「で、毎月『やめろ、やめろ』言われてんだって、俺が、その踊り」
春日「はいはい」
若林「もう本当に目が、にらみつけるような目で、『あっ、この人ダメだ』って思ってたって、ひひひっ」
春日「ふふっ、何言っても聞かないわ、と」
若林「そう、それでなんで踊るのをやめたかつったら、『ガッハ登竜門』(2005年~2007年)の尺(ネタ時間)のアレでやめたの」
春日「なるへそ~」
若林「でも1回踊ってんですけどね」
春日「『ガッハ登竜門』で?」
若林「そう、せきしろさんがそれでビックリして覚えてるって」
春日「へぇ~!覚えてないな~」

今、春日さんにタスキを渡したら一体なんて書くのでしょうか。