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笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

お笑いで思いっきりスベると世界が広がる

ダイノジ バナナマン オードリー 内村プロデュース オールナイトニッポン ヒルナンデス

サウナの本質は水風呂にある。
そう主張するのは、ヒャダインさん。ももいろクローバーZをはじめとする女性アイドルの楽曲を数多く手掛けてきた音楽プロデューサーです。

サウナの水風呂を耐えた先に広がる世界

2016年7月9日放送の「久保みねヒャダこじらせナイト」。

出演者は久保ミツロウ、能町みね子、ヒャダイン。

番組の冒頭で、ヒャダインさんが最近サウナにハマっている件を取り上げていました。きっかけは、タナカカツキさんの『サ道』。この本でサウナの本質が水風呂にあることを知ったそうです。

ヒャダイン「僕、サウナも大っ嫌いで、あんな熱いし、水風呂もドM専用の浴槽だと思ってましたし」
能町「私もそう思ってます」
ヒャダイン「ですよね、なんですけど、サウナってのはおまけであって、本番は水風呂と、外気浴って言って、休憩する所にあるっていうことが書かれていて」
久保「うん」
ヒャダイン「で、サウナで暖かくなって、それで水風呂にず~っと入っていたら、『温度の羽衣』っていうものができるんですよ」
能町「はっ?」
久保「ええっ?」

「温度の羽衣」は己の体温によって形成され、これに包まれると水風呂が冷たくなくなる。淡々と解説するヒャダインさん。久保さんと能町さんは、はてなマークが頭に点灯しているかのような表情を浮かべています。それでもヒャダインさんのサウナトークは止まりません。

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オードリーとバイきんぐの売れるまでの過程における共通点

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オードリーとバイきんぐの売れるまでの過程を追っていくと、いくつか共通点が見つかります。そしてその共通点から、彼らがテレビで活躍し続けている理由が浮かび上がってくるのではないか。そう思ったわけです。

まず誰もが分かる共通点として、売れるきっかけが賞レースでの活躍だったことが挙げられます。

売れるきっかけが賞レースでの活躍

オードリーは、2008年の「M-1グランプリ」で敗者復活から勝ち上がって準優勝。一夜にして運命が変わり、8年間におよぶ下積み生活から抜け出すことに成功しました。一方のバイきんぐも、2012年の「キングオブコント」で優勝。小峠さん渾身の「なんて日だ!」がTBSのスタジオを揺らし、長い暗黒時代に終止符を打ちました。

1996年に大阪NSCに入学したバイきんぐは、大阪吉本で4年間過ごしたのち、現状を打破すべく東京へ進出。ナベプロで1年、東京吉本で1年、さらに事務所に所属していないフリーの時期を3年。そして2005年に今の事務所であるソニーに入って7年。じつに16年の潜伏期間を経ての優勝でした。この下積みの歴史は、バイきんぐ本人がラジオで「何年ぐらい」「だいたい何年」と記憶をたどりながら語っていた部分を並べているため、多少の誤差があるかもしれません。

それにしても当時は長く感じたオードリーの下積み時代が、今だと短く思えるから不思議です。余談ですが、以前に「オードリーが売れるまでの過程」をブログに書きました。こちらを先に読んでおくと、あとの話が理解しやすいかもしれません。

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バイきんぐのコンビ結成はドラマティック

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「チックじゃない、そんなもんじゃない、ドラマティック」。
バイきんぐ西村瑞樹は、相方である小峠英二との出会いを「ドラマティック」と表現しました。

オードリー春日とバイきんぐ西村はキャンプ仲間

2016年4月23日放送の「オードリーのオールナイトニッポン」。

パーソナリティーはオードリー(若林正恭・春日俊彰)。
ゲストはウーマンラッシュアワー中川パラダイス、バイきんぐ西村瑞樹。

3週間前(2016年4月2日)の放送で、春日さんが語った「芸人仲間とキャンプに行った話」。これがとても盛り上がったので、今回はその延長戦をすべく「芸人仲間」がスタジオに集結しました。偶然なのか必然なのか、オードリー春日、ウーマン中川、バイきんぐ西村、3人ともネタを書かないほうの芸人です。

本題のキャンプトークに移る前に、これまで接点がほとんどなかった西村さんの人物像に迫ります。キャンプ場での振る舞いを春日さんから聞いて以来、すっかり西村さんの虜になってしまった若林さん。

若林「ちなみに小峠さんと、どういう出会いでコンビ組んだんですか?」
西村「これがね~、なかなかドラマティックな」
(発音の仕方にスタジオ笑)
西村「出会いがありまして」
春日「チックじゃないですね? ドラマティックですね」
西村「チックじゃない、そんなもんじゃない、ドラマティック」
(スタジオ笑)

その根拠を西村さんが簡潔に説明します。

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テツandトモの心の師匠は立川談志

立川談志 賞レース

「なんでだろう~」で一世を風靡したお笑いコンビ、テツandトモ。
赤いジャージを着たテツが舞台狭しと動き回る。それに合わせて、青いジャージのトモがアコースティックギターをかき鳴らす。日常のふとした疑問を並べたて、最後は2人そろって「なんでだろう~」と歌い踊る。

1998年にコンビを結成したテツandトモは、NHKの「爆笑オンエアバトル」などで人気を獲得していきます。そして「なんでだろう~」が流行語となり、大ブレイク。2002年の「M-1グランプリ」決勝進出をはじめ、2003年には「NHK紅白歌合戦」への出場も果たし、さらに「なんでだろう~」が2003年の「新語・流行語大賞」に選ばれました。まさに時の人となったテツandトモ。

しかしブームは永遠に続きません。2005年ごろから徐々にメディアへの露出が減っていきます。普通の状態に戻っただけなのに、これがブレイクした芸人の宿命なのでしょうか、「消えた一発屋芸人」というレッテルを貼られてしまいます。
それでもテツandトモは、やり方を変えませんでした。どん底に突き落とされたにもかかわらず、「なんでだろう~」と歌い続けたのです。なぜこのとき、心が折れずに自分たちの信念を貫くことができたのか。その理由を彼らはこう説明します。「立川談志の言葉が心の支えになっていた」。

旅~僕たちの風景~

旅~僕たちの風景~

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