笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

タイガー・ジェット・シンの味わい深いエピソード

タイガー・ジェット・シンは生粋の悪役レスラーなのか、それともキャラクターを演じているのか。

サーベルを振り回しながらアントニオ猪木と数々の死闘を繰り広げてきたタイガー・ジェット・シン。普段聞いているラジオで彼にまつわるエピソードをいくつか耳にした影響で、このような問いについて考えていた時期があります。

でもそれは正解が欲しいわけではありません。受け手としてどう解釈したらいいのか考え尽くすことです。結果よりも過程が大事とも言えるでしょう。そしてそのときは「正しさ」よりも「面白さ」を優先する。とりわけ「お笑い」というジャンルに接する際に心掛けている姿勢なのですが、その重要性をタイガー・ジェット・シンに触れることで再確認できました。

ホテルアイビスでタイガー・ジェット・シンに遭遇したサバンナ高橋

2017年4月21日放送「よんぱち 48hours」(TOKYO FM)

パーソナリティは鈴木おさむ。
アシスタントは河合郁人(A.B.C-Z)。
ゲストはサバンナ高橋。

高橋さんが、タイガー・ジェット・シンに遭遇したときのエピソードを披露します。

場所は、六本木にある「ホテルアイビス」のエレベーター。吉本の芸人が利用していたホテルとして有名ですが、実は外国人レスラーの常宿でもありました。

高橋「僕がホテルアイビスのエレベーター乗ったら、乗ってたんよ!」
河合「おお、すごいじゃないですか」
高橋「『ヤバッ!』と思って、タイガー・ジェット・シンに、エレベーターのなかで襲われんちゃうかなと思って」

白昼堂々アントニオ猪木を襲ったこともある「インドの狂虎」ことタイガー・ジェット・シン。リングを離れても何をするのか分からない悪役レスラーが突然目の前に現れたので、高橋さんは恐怖で震えてしまいます。しかもそれがエレベーターという密室空間なのですから無理もありません。

高橋「『開』を押して降りようかなと思ったけど、そういうわけにもいかへんし、『どうしよう?』と思ったら、タイガー・ジェット・シンが『ナンガイ?』って言ってきた
(スタジオ笑)
高橋「『8階です』って言ったら、サーベル持ってたんです! タイガー・ジェット・シンが、手ぶらでサーベルの状態」

むき出しの状態ではなくて、黒い袋に入っていた。ただ、その棒状のフォルムは明らかにサーベルだと分かる。

高橋「で、その棒の柄のとこで、『8』を押したっていう」
(スタジオ笑)
高橋「8階のところを押してくれたんよ」
河合「くふっ、本当ですか?」

鈴木おさむさんや今田耕司さんなど高橋さんの性格をよく知る人物は、「手ぶらでサーベルの状態」などは話を面白くするために脚色したに違いないと疑っているそうです。ある意味、芸人としては正しい姿なのかもしれませんが。

すると高橋さんが帰ったあとに、リスナーからメールが届きます。

ジャイアント馬場にパンの差し入れをするタイガー・ジェット・シン

鈴木「メッセージ届いてまして、『私は(サバンナ高橋の)タイガー・ジェット・シンの話を信じます』と」
河合「ほぉ」
鈴木「『実は私も、見たことがあるんです』」

30年以上前、岩手県宮古市に全日本プロレスがやって来た。駅前の駐車場に作られた特設リングが試合会場。そのため、会場の左右に停めてあったバスが選手たちの控え室になっていた。一方のバスを覗くと、ジャイアント馬場が一番前の席に座って野球中継を観ている。試合を終えた若手レスラーも、このバスに戻ってくる。では、もう一方のバスは誰が使っているのか。確認してみたら、外国人レスラーだった。

そうやって会場を見学していたら、外国人レスラー専用バスからタイガー・ジェット・シンが降りてきた。

鈴木「『ジェット・シンが、バスからサーベルを持って降りてきて』」
河合「おおっ」
鈴木「『うわっ、格好いい! と思ったら、ジョー樋口レフェリーと近くのパン屋に入っていき、パンを2袋買ってきて、1袋を馬場さんのバスに持っていき、馬場さんに、タベル? と聞いてました』」
河合「え~!」
鈴木「『そのときに、サーベルは常に持ち歩いていました』」
河合「ホントに!?」
鈴木「『試合では、馬場さんをサーベルで殴り、ジョー樋口レフェリーもリングから突き落としていましたが、本当は優しい人なのにな~と、ジェット・シンを少しだけ好きになりました』」
(スタジオ笑)
鈴木「『高橋さんは、真実を言ってます』って」
河合「これ送ってきたの、高橋さんの可能性ありますよね?」
(スタジオ笑)
鈴木「いや、俺もそれ思った! おかしいよ!」
河合「こんなに共感する人います? しかも上手く出来過ぎてません?」

高橋さんを擁護するエピソードとして完璧すぎるが故に、この投稿にも疑いの目が向けられてしまう展開に。結局「サバンナ高橋、エピソード盛っている疑惑」は未解決のまま、この日の放送は終了。

他のラジオでも、こんな感じの味わい深いエピソードが紹介されていました。

悪役レスラーのやさしい素顔 (双葉文庫)

悪役レスラーのやさしい素顔 (双葉文庫)

昭和48年11月5日「新宿伊勢丹襲撃事件」

2016年6月26日放送「東京ポッド許可局」(TBSラジオ)

パーソナリティはマキタスポーツ、プチ鹿島、サンキュータツオ。
テーマは「FAKE論」。

映画『FAKE』について、3人が感想を語り合う回でした。この映画は、ゴーストライター騒動で世間を騒がせた佐村河内守(さむらごうちまもる)氏を追ったドキュメンタリーで、監督は森達也。「誰にも言わないでください。衝撃のラスト12分」というキャッチコピーも話題になりました。

森監督はインタビューで、

白か黒かの二項対立ではない”グレーな部分”にこそ、もっと豊かで、もっと面白い要素が隠れてる

https://www.cataloghouse.co.jp/yomimono/160607/

と答えています。そういったスタンスで、騒動が起きた途端に世間が白から黒に塗りつぶした佐村河内守という人物に迫っていったのが、映画『FAKE』です。

プチ鹿島さんが森監督と対談したとき、お互いプロレス好きということで、タイガー・ジェット・シンの話題で盛り上がったと言います。

プチ鹿島「で、『タイガー・ジェット・シンのことだけどさ……』って、いきなりもうその話になるわけですよ」
サンキュータツオ(以下タツオ)「ははははっ」
プチ鹿島「僕と森さんが会うと、で、タイガー・ジェット・シンは昔、新宿伊勢丹事件ってのがあったんですよ」
マキタスポーツ(以下マキタ)「うん」
プチ鹿島「猪木と倍賞美津子が、伊勢丹新宿で買い物してたら、物陰から現れたタイガー・ジェット・シンが襲うと、で、猪木が怪我をして、しかもなぜか東スポがいるんですよ」
タツオ「ふふふっ」
マキタ「刑事事件じゃねえかよって話だよね」
プチ鹿島「そう、刑事事件なんだけど、これはプロレスを盛り上げるためのフェイク、言ってみればヤラセなんじゃないか? みたいな、まだ、誰もそんなことは言わないから」
マキタ「うん」
プチ鹿島「闇に包まれてるんですけど」

この「新宿伊勢丹襲撃事件」で因縁が生まれたことで、両者が対決するときには相当な注目が集まったそうです。

森達也監督の首を絞めたあとにタイガー・ジェット・シンが取った行動

プチ鹿島「森監督がタイガー・ジェット・シンにインタビューしたときに、あの~、タイガー・ジェット・シンの顔色が変わったって言うんですね」
タツオ「うん」
プチ鹿島「で、インタビューが終わって写真撮影のときに、森監督の首を絞めてきたと、コブラクローっていう」
マキタ「うん、コブラクローだ」
プチ鹿島「まあ要は俺は怒ってるんだぞって、もう24時間悪役の顔ですよね」
マキタ「プロフェッショナルだ」
プチ鹿島「それで全て、写真も終わったあとに、森監督の耳元で『ゴメンネ』って言ったらしいんです
(スタジオ笑)
プチ鹿島「要は首を絞めてゴメンネって、だからこれをさ、じゃあ『なんだ、やっぱインチキじゃねえか! タイガー・ジェット・シン』とか、『プロレスなんか』って言っちゃう人は、多分、今回の『FAKE』楽しめないと思うんですよ」
タツオ「うん」
プチ鹿島「僕らなんかやっぱ、24時間悪役を演じるってことは、でも結局は本物にならなきゃ悪役にならないじゃないですか、で、そのなかで、いかに……なんか素顔をポロッとこう、見たり聞いたりすることができるのが、ご褒美だと思ってたわけ」

もし、これらのエピソードに脚色や嘘が混じっているのであれば、そうまでしてでもタイガー・ジェット・シンについて語りたいと思わせるだけの魅力があるのでしょう。

また逆に、これらのエピソードが真実だったとしたら、受け手が脚色や嘘が混じっていると疑ってしまうぐらいタイガー・ジェット・シンに魅力があるのでしょう。