笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

鳥居みゆきがリズムネタをやったのは単独ライブを続けるため

前回は「ネタ中に観覧席から悲鳴が上がる現象を芸人たちはどう受け止めているのか」について書きました。

「M-1グランプリ」や「キングオブコント」などの賞レースにおいて、準決勝から決勝に進むと、戦いの場が「お笑いライブ」から「テレビ番組」に移ります。前回はそれに伴う観覧客の変化に注目しましたが、今回はもうひとつの大きな変化に注目したいです。

それは、より多くの視聴者を獲得しなければならない点です。つまりお笑いにさほど関心がない人たちにも届ける必要があります。「テレビ番組」である以上、視聴率という呪縛から逃れることはできません。

時にはそのテレビ的演出に苦しめられる芸人もいたりしますが、それでもなお、賞レースの決勝に出ることのメリットは計り知れないものがあります。なぜなら今まで出会えなかったお笑いに無関心な人に、自分たちの存在を知ってもらえる絶好のチャンスだからです。

と言ってみたものの、そういった層を振り向かせるのはとても難しい時代なのかもしれません。漫才やコントみたいなネタだと特に。

キャバ嬢が審査した「キングオブコント2016」

2016年10月6日放送「ニューヨークのオールナイトニッポンZERO」(ニッポン放送)

パーソナリティはニューヨーク(嶋佐和也・屋敷裕政)。
ゲストはラブレターズ(塚本直毅・溜口佑太朗)、さらば青春の光(森田哲矢)。

「キングオブコント2016」決勝で最下位になってしまったラブレターズ。彼らが披露したコントは、野球拳を題材にしたものでした。この結果に落胆する溜口さんに対して、「観てる側は別にそんなことなかった」と励ます森田さん。

実は森田さんは、この大会を屋敷さんと一緒に観ていました。テレビモニターがある渋谷の居酒屋で、石垣島で知り合ったキャバ嬢2人と共に。そしてそのキャバ嬢には、毎回ネタ終わりに点数とコメントをお願いしていました。

屋敷「僕、行ったとき、かもめんたるさんからやったんですけど」
溜口「あっ、3組目からか、じゃあ僕ら(2組目)観れてないんだ」
屋敷「ラブレターズさんのとき、どんな感じでした? あのキャバ嬢の人たち」
森田「え~とね、笑ってはいなかったな」
(スタジオ笑)
溜口「キャバ嬢には刺さんないのか~」

ラブレターズに対するキャバ嬢のコメントを読み上げる森田さん。

森田「1人が、え~と……『あんまり面白くない』と」
塚本「ふふっ、ほぉ」
森田「で、(野球の)バントの、『スリーバントの何がダメか知らねえ』」
(スタジオ笑)
嶋佐「さすが素人の女の子の意見」
森田「で、もう1人は、『なんか動きにキレがあった』みたいな」
溜口「あっ、そこはじゃあちょっと前向きに評価してくださった……」
森田「『動きが面白い』って言ってたけど、『スリーバントの何がいけねえか分からねえし』って言ってる子より点は低かった」
(スタジオ笑)

遠慮のない評価に打ちのめされるラブレターズ。でも、ネタをちゃんと見て点数とコメントをもらえるだけマシだと屋敷さんは言います。

ネタ中でも平気でスマホをいじるキャバ嬢

途中からネタ中にスマホをいじったり、ネタ直前に流れる煽りVのタイミングでトイレに行ったりと、キャバ嬢はだいぶ集中力を欠いていたそうです。森田さんから審査をするよう依頼されていたにもかかわらず。

だーりんずがネタをしているとき、スタジオの観覧席からは悲鳴が上がりました。

屋敷「平気で、だーりんずさんの冒頭の部分で、ペチャクチャしゃべってたりして、で、いきなり童貞とかいう話になってるから、意味分かってなかったですもん、最後まで」
嶋佐「そうか、そんな集中して観ないんだね」
屋敷「そう、だから俺らもネタ作り考えなアカンですね、甘えて作ったらダメですわ」
塚本「ちゃんと観てくれる前提だとマズいのかな?」
屋敷「なんかもう、見た目オモロないとアカンやろうし」

感情移入しすぎて悲鳴を上げた観覧席の客と、集中できずに意味が分からないままだったキャバ嬢。どちらも受け止めなければならないのが、テレビの難しさなのかもしれません。

森田「後半だいぶ飽きてたもんな」
屋敷「飽きてました、だって『2本目のかもめんたるさんの点数は?』って聞いたら、『1回パス』って」
(スタジオ笑)
屋敷「点数つけるの面倒くさなってもうて」
塚本「マジっすか?」」
嶋佐「やっぱ、そんなにネタ観れないんだろうね、もう単純に」
屋敷「観れへんし、そんな集中力持たへん」
森田「がんがんスマホ触ってたもん」
屋敷「がんがんスマホ触るし、がんがんしゃべるし」
溜口「15本(のコントを)一気に観る体力はないのか」
屋敷「そんなもんなんすよ、本当に」
溜口「そんなもんだよな~」

この話を聞いて頭に浮かんだのが、綾小路翔さんの言葉でした。

綾小路翔「夜に届くってすごいこと」

2012年3月7日放送「綾小路翔の六本木バナナボーイズ」(フジテレビONE)

マスターは氣志團の綾小路翔。
客はゴールデンボンバーの鬼龍院翔、Juliet。

綾小路翔さんがやっている六本木のバーに、毎回ゲストが来店する。そういった設定で進行していくトーク番組です。

鬼龍院翔さんは元々芸人を目指していました。吉本の芸人養成所(NSC9期生)に入り、しずるの池田さんとコンビを組んでいたのは有名な話です。しかし途中で芸人の夢を諦めて、バンドを始めます。それが、ゴールデンボンバー。そして「女々しくて」のヒットにより大ブレイクを果たします。

綾小路「ちなみに六本木で、ついにね、六本木に届いたよ、ゴールデンボンバーが、この辺のどこの飲み屋でも、ショーパブとかでも、皆『女々しくて』やるからね」
鬼龍院「本当ですか?」
綾小路「本当に」
鬼龍院「僕、新宿のキャバ嬢が全員知ってるって聞いたことはあるんですけど」
綾小路「いや本当に、あのね、夜に届くってすごいことなんですよ、夜に届く届かないによって……やっぱり僕らね、毎日カラオケ歌ってる人たち見るでしょ、『あっ、ここに届いてんだ』っていうのがあって、あのね、ゴールデンボンバー、皆やるよ、バーッて(振り付けを)、そこにいる子たち皆で」

このあと、いかにカラオケ印税が大事かという話で盛り上がっていました。

しかしネタには、カラオケ印税みたいな収入源がありません。しかも常に新作を求められるので、使い回しもできません。歌と比較すると非効率な面ばかりが目につきます。そして決定的に違うのが、「夜に届く届かない」に象徴されるような感染力です。

芸人が売れるためにリズムネタの誘惑に負けてしまうのも、仕方ないのかもしれません。でも、こういった現状をただ嘆くのではなく逆手に取ったのが、鳥居みゆきという芸人ではないでしょうか。

鳥居みゆき「みみずひめ」

鳥居みゆき「みみずひめ」

売れたい鳥居みゆきに「一番やりたくないことをしろ」と助言した山田ルイ53世

2014年10月発売『CIRCUS MAX』(KKベストセラーズ)

取材相手は鳥居みゆき。
聞き手はプチ鹿島。

「プチ鹿島の芸人人生劇場」という芸人と対談するコーナーにて。聞き手がライブで一緒になる機会が多かったプチ鹿島さんだからでしょうか、かなり踏み込んだ話をしていました。

好きなことができていれば売れなくてもいいと考えていた鳥居さん。ところが、ある問題に直面して心を入れ替えます。売れようと決意したのです。

「単独ライブをやり続けたいとずっと思ってたの。願っていたのはそれだけ。でも、お金を注ぎ込めない事情にモヤモヤしてて」

とはいえ、売れるためにどうしたらいいのか。参考にしたのは同じ事務所の先輩である山田ルイ53世(髭男爵)さんの言葉でした。

「一回、回り道をすれば? 一番やりたくないことをしろって」

この助言を聞き入れてやったのが、白いパジャマを着て、包帯を巻いたテディベアとマラカスを持ち、「ヒットエンドラン」と叫びながら激しく踊る、いわゆるリズムネタでした。

するとその強烈なキャラクターが受けて、見事ブレイク。プチ鹿島さんは「世間への分かりやすさの提示になった」と分析します。鳥居さんも「一回ポップになろうと思ったの」と打ち明けます。

「一番嫌いなことをやって結果を出せば、"好きなこと"もやれる。お金を稼げば単独ライブもやれる。一回無理しようと思ったの」

鳥居さんほどの才能を持った芸人ならば、売れるためにすべきことは分かっていた気がします。そのときに山田ルイ53世さんから「一番やりたくないことをしろ」という言い訳をもらったことで、振り切ることができたのではないでしょうか。