笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

売れかけている芸人ほどお金がない

「売れかけている芸人ほどお金がない」という話をよく聞きます。

もしこれが「売れている芸人」との比較ならば当たり前のことです。両者の収入差に疑問を持つ人はいないでしょう。ところが、この話の比較対象は「売れている芸人」ではありません。自分たちよりももっと若手で、ライブやテレビにほとんど出ていない「売れてない若手芸人」なのです。

つまり「売れてない若手芸人」よりも「売れかけている若手芸人」のほうが収入が少ないという話なのです。なぜ、このようなねじれ現象が起きてしまうのでしょうか。

突然のオーディションに対応するためにはアルバイトを辞めざるを得ない

2017年6月24日放送「ウエストランドのオールナイトニッポンR」(ニッポン放送)

パーソナリティはウエストランド(河本太・井口浩之)。

ウエストランドは2人とも岡山県出身で、事務所は爆笑問題や日本エレキテル連合が在籍しているタイタンです。コンビ結成は2008年になります。

「笑っていいとも」の準レギュラーに抜擢されるも1年で番組が終了してしまったり、「THE MANZAI」で認定漫才師に選ばれるも決勝には進めなかったりと、実力はあるけど突き抜けることができないでいるウエストランド。まさに「売れかけている芸人」と言えましょう。

ラジオでは、最初から三四郎への嫉妬が止まりませんでした。三四郎みたいな人気者にラジオを任せるのではなく、我々のような底辺にいる芸人にこそやらせるべきだと井口さんは訴えます。なぜならそのほうがリスナーとの距離が縮まって、より多くの共感が得られるはずだから。

そう力説したあとに発表されたメールテーマが、「楽で稼げる仕事を紹介してください」。

井口「やっぱ募集するのはこれですよ」
河本「さすがに悲しくなってきたわ、煽ったけど俺も」
井口「本当にお金がないわけですからね」

とはいえ、ウエストランドはそこそこ知名度がある芸人です。それなのになぜお金がないのでしょうか。

井口「説明すると、芸人始めたての、本当1年目とかだと、全然スケジュールがガラガラだから、バイトしっかりできるじゃないですか」
河本「そりゃそうですね」
井口「で、バイトして普通に十数万稼いでるんですよ、生活できるぐらいはね」
河本「うん」
井口「ただ僕らぐらいの、ちょうど賞レースの準決勝とかで落ちるようなレベル、たまに深夜のテレビに出てますよぐらいの芸人」
河本「あ~、うんうん」
井口「そうするとライブのオファーを結構ね、ありがたいことに頂いて」
河本「そうなんですよね」
井口「ライブで埋まって、なおかつオーディションが急に振られたりするでしょ」
河本「うん」
井口「突然のオーディションとかに対応するためには、バイトもどんどんできなくなる、そしてバイトを1回辞める、そのときすでに30(歳)を過ぎている、そうなるともうバイトを始められない、そうなると本当にお金がない、そういうことになってくるわけですよ」
河本「なってきましたね」
井口「何も払えない」

「売れてない若手芸人」と「売れかけている若手芸人」の違いが分かりやすく可視化された現場がありました。それは「ABCお笑いグランプリ」です。

「ABCお笑いグランプリ」準決勝のために夜行バスで大阪に向かったウエストランドとラブレターズ

準決勝の会場が大阪なので、勝ち残った東京の芸人は番組が用意した夜行バスに乗って向かいます。ただし下手したら10時間近くかかる長旅です。会場に着いた頃には疲れ切ってしまい、ベストコンディションで臨めない可能性もないわけではありません。

そのリスクを避けるべく、自腹を切って新幹線で会場に向かう芸人もいたそうです。

井口「芸人のなかでも、お金がある人は自腹で新幹線で行くんですよね」
河本「うん」
井口「意外とすごい若手とかでも、バイトしてたらお金あったりもするし」
河本「うん、(新幹線で)行ってるヤツいるんですよね」

夜行バスと新幹線の2択で迷っている芸人が結構いたそうですが、ウエストランドには一切迷いがありませんでした。新幹線に乗るお金がない。だから夜行バスで行くしかない。

夜11時、朝日新聞社の前に集合して夜行バスに乗り込むウエストランド。

井口「ただ僕ら、もうその大会においては一番上ぐらいなわけですよ」
河本「そうなんですよ」
井口「本当にあとは後輩ばっかりですから」
河本「だから本来、僕らも新幹線を使わなきゃいけないんですよね、後輩に席をちょっとでも多く……」
井口「ねぇ、僕らとラブレターズぐらいが一番上でしたから」
河本「そうでしたね」
井口「ラブレターズも、要は立場的に僕らと似てるんで」
河本「うん、同期ですから」
井口「あの~、マジでお金がないんで、ふふっ、新幹線は乗れないんでバスに乗ってたんですけど、やっぱ気使われてましたもんね!」
河本「気使われてましたね」
井口「結構ほぼ満席の夜行バスなのに、ラブレターズの溜口君の隣、空いてましたから」
(スタジオ笑)

つい最近「売れかけている芸人」に仲間入りしたであろうAマッソも、ウエストランドと同じ悩みを抱えていました。

アルバイトを辞めて芸人としての仕事を優先してもギャラが安い

2017年1月20日放送「よんぱち 48hours」(TOKYO FM)

パーソナリティは鈴木おさむ。
アシスタントは福田彩乃。
ゲストはAマッソ(村上愛・加納愛子)。

Aマッソは2人とも大阪出身で、コンビ結成は2010年です。まずは大阪の松竹芸能に入り、上京をきっかけに東京の松竹芸能に所属。その後いろいろあってワタナベエンターテインメント(通称ナベプロ)に拾われて今に至ります。

最近テレビの露出が増えてきたAマッソに、余裕が出てきたかどうか聞きます。

鈴木「どうですか? 最近仕事も増えてきたと思いますけど」
加納「いや~、まだ、ちょこちょこ出させていただくようにはなってるんですけど、まだ食えてなくて」
鈴木「食えてない?」
加納「食えてないですね」
鈴木「あっそう」
加納「だからもう、皆この時期を経てきたのかと、バイトもできない
鈴木「そう、バイトができなくて」
福田「バイトができないんですか?」
鈴木「要は、すっげ~暇なときはバイトできるんだけど、ちょっと仕事が増えてくると、バイト入れるとダメじゃない、だけど、仕事の単価がまず安い」
加納「そうです」

バイトを優先すれば、売れるチャンスを失う。仕事を優先すれば、お金がなくなっていく。このジレンマに苦しむブレイク前夜の芸人たち。

加納「私ホンマに、エレキテル(日本エレキテル連合)さんがバーンと売れる1か月前にお仕事させてもらったときに」
鈴木「うん」
加納「ものすごい借金あるみたいに言ってたんですよ、『でももう知らんねん、私ら、もう分からへん、借金多すぎて』みたいに言ってたら、翌月にブレイクされたんで」
鈴木「いや、そんなのばっかよ」
加納「ねぇ、覚悟がいるんやと思って」

しかし先輩たちがそうだったからと言って、素直にこの現状を受け入れることがAマッソにはできません。

加納「でも普通に考えたらね、ご飯食べれるようになるまでに借金が増す職業ってヤバないっすか?」
(スタジオ笑)
加納「どんな職業やねん、借金しないといけないみたいな」
鈴木「そうだよ」
加納「システムどうなってんねん」

この放送を聞いて、「キングオブコント2016」で優勝したライスのことを思い出しました。彼らには「売れかけている芸人ほどお金がない」という言葉が当てはまらないのです。

「よしもと幕張イオンモール劇場」のおかげでギリギリ生活できるだけの収入があった

2016年10月7日放送「よんぱち 48hours」(TOKYO FM)

パーソナリティは鈴木おさむ。
アシスタントは岡部茉佑。
ゲストはライス(関町知弘・田所仁)。

ライスは2人とも東京出身で、さまぁ~ずと同じ高校に通っていました。東京のよしもとクリエイティブエージェンシー(旧吉本興業)所属で、コンビ結成は2003年。同期(東京NSC9期生)にハリセンボンやしずるがいます。

「キングオブコント2016」で優勝したばかりの彼らに、そこに至るまでの苦労について尋ねます。

鈴木「バイトは?」
関町「最近は……」
鈴木「しないでもギリ行けるってこと?」
関町「はい、なんとか」
田所「ありがたいことに劇場の出番とか結構入れていただいて
関町「本当にギリギリのとこですけどね」
鈴木「劇場はどこですか?」
関町「幕張のほうです」

東京の吉本に限って見渡してみると、メインとなる新宿の「ルミネtheよしもと」、若手が出る渋谷の「ヨシモト∞ホール」、そしてお芝居を中心に行う神保町の「神保町花月」、この3つの劇場が都心に存在します。

さらにそれらを取り囲むようにして、千葉の「よしもと幕張イオンモール劇場」、埼玉の「大宮ラクーンよしもと劇場」、静岡の「沼津ラクーンよしもと劇場」といった劇場も新たに作られました。

これだけ多くの劇場を抱えているお笑い事務所は、吉本以外には見当たりません。

鈴木「ルミネに出ると、ある程度の安定したお金をいただけるんです」
田所「そうなんですよ、劇場で食べていける」
鈴木「最低限のね、お金はもらえるんですよ、ただルミネは、売れても、枠が決まってます」
関町「そうです」
田所「もういっぱいですからね~」
鈴木「いっぱいなんです、そうなってくると幕張、まだ静岡のあそこはあるのかな?」
関町「沼津もあります、で、大宮」
鈴木「あと大宮か、この3つのところがポイントになってまして、ルミネから押し出されたって言ったら怒られちゃうけど」
関町「まあまあ、そうですね」

「ヨシモト∞ホール」で実力をつけて、いざ主戦場を「ルミネtheよしもと」に移す段階になっても枠が空いてない。そうなったときに幕張・大宮・沼津の各劇場に割り振ることによって、出番が減ってしまわぬよう対処しているのだそうです。

また、ライスにとって好都合だったのが、実家が東京にあることでした。

実家が東京だったおかげでアルバイトをしなくてもなんとか生活できた

鈴木「(バイトしなくても)最低限の生活はできてはいたから、まだギリギリ」
関町「なんとか」
田所「そうですね」
関町「僕ら東京出身なんで」
鈴木「あ~、そっか」
関町「実家も近くにあるんで」
田所「結構最近まで実家暮らしだったりもしたんで、なんとか……だからやっていけたってのはありますけど」
関町「相当居づらかったですけど」
田所「はい、最初の頃はもちろんバイトもしてましたけどね」

大槻ケンヂさんの『サブカルで食う』という本のなかに、こんな記述があります。

サブカルで食っていくために必要なのは実家と月15万

大槻ケンヂ『サブカルで食う 就職せず好きなことだけやって生きていく方法』(白夜書房)

「[巻末特別対談] オーケン×ライムスター宇多丸」から。

大槻 そろそろ話をまとめたいと思うんですが、結局サブカルで食っていくために必要なのは実家と月15万と(笑)。
宇多丸 こんだけ話してきて結論はそこに戻るんですね(笑)。

2人の体験からざっくりまとめた結論として理解すべきでしょうし、しかもサブカルというジャンルに限った話です。それでも、この話は「お笑い」にも当てはまるのかもしれないと思いながら読みました。