笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

松本人志と太田光が抱く「天才」のイメージ

「破綻のない天才」を目指したい。

雑誌のインタビューで、そう答えていたダウンタウンの松本人志。これは「破綻したら天才」というイメージに従って天才ぶることへの拒否反応を示した言葉で、いかにも彼らしい発想だと思います。

ダウンタウン松本人志「破綻している天才なんてベタすぎる」

2012年10月発売『クイック・ジャパン vol.104』(太田出版)

特集は「ダウンタウンをやっつけろ」。

「ダウンタウンDX」の20年目突入に加えて、ちょうどコンビ結成が30周年ということで、ダウンタウンを大々的に取り上げていました。

特集のなかの「松本人志ロングインタビュー」で、聞き手である倉本美津留さんが尋ねます。「これだけ芸人が交通渋滞を起こしてる状況で、もし松本さんが十八歳だったら、それでもお笑いをやりますか?」という質問に、「もう一度やりたい」と答えた理由について。

松本 だって、めっちゃ面白いじゃないですか。

ダウンタウンが世に出たときのお笑い界は戦国時代でした。しかし現在は、平安時代のように秩序ができてしまっています。でも、だからこそ、その秩序に対して刀一本で戦うことは面白いと話す松本さん。

あと、今の若手芸人は「あえて家賃高いところに住んだら仕事が増える」みたいな参考書に従いすぎだとも言います。それをしているうちは「著者を抜くことは絶対にできない」と。もしかしたら「著者」とはダウンタウンのことを指しているのかもしれません。

倉本 前に「”破綻している天才”なんてベタすぎる。そんなヤツになるのはイヤや」って話をしてたな。”破綻のない天才”のほうに行きたいって。それも「今までになかった道を行く」という話やんか。
松本 破綻したら天才、みたいに言われるけど、それも結局、過去のルールに縛られてるだけやもんね。

実は爆笑問題の太田光さんも、同じような考えを持っています。

爆笑問題・太田光「私生活が破天荒でなくても、いいものは創れる」

太田光『天下御免の向こう見ず』(幻冬舎文庫)

「司馬遼太郎が亡くなって」の章から。

司馬遼太郎の妻・みどりさんは文筆家として非常に優秀でしたが、結婚したあとは書くことをやめて裏方に徹したそうです。数ある選択肢から「自分の読者」という立場を選んだみどりさんを、司馬さんはとても尊敬していたと言います。

この関係性が自分と重なり、とても誇らしいと書く太田さん。妻の太田光代さんは元々芸人で、いまは芸能事務所の社長として爆笑問題をマネージメントしています。

芸人は飲む、打つ、買う、と言われる。
司馬さんはどれもしなかったそうだ。圧倒的な才能を持った人には、くだらない経験など必要ない
私生活が破天荒でなくても、いいものは創れる。司馬さんが亡くなり、改めてその人柄を知り、司馬さんを真似たいと思った人は、おそらく日本中にたくさんいるだろう。

「天才」について改めて考えてみたときに、作家の平野啓一郎さんが出ていたバラエティ番組を思い出しました。なぜならそこでしていた発言が、松本さんや太田さんと非常に似ていたからです。

天下御免の向こう見ず (幻冬舎文庫)

天下御免の向こう見ず (幻冬舎文庫)

平野啓一郎「天才には独特の人の良さがある」

2016年5月6日放送「文筆系トークバラエティ ご本、出しときますね?」(BSジャパン)

司会はオードリー若林。
出演者は平野啓一郎、山崎ナオコーラ。

本好きな若林さんと作家たちによる異色のトーク番組。番組の後半、「天才」について考える展開となります。

山崎「平野さんは、『天才』ってどういうものだと思いますか?」
平野「『天才』って何なんですかね……でもなんか、その人の才能を、また世間が愛するっていうこともあると思うんですよ」

平野啓一郎さんの小説『マチネの終わりに』に登場する天才ギタリストに憧れを抱きつつも、天才ゆえの孤独を読み取った山崎ナオコーラさん。

若林「『天才』と言われる人にけっこう会って、観察すると、ちょっと幸せそうではないんですよね」
平野「あ~」
若林「なので、僕もセンスあるってすごい思われたかったんですけど、これをやるとしたらけっこう欠落感をずっと保ちながら、う~ん、死ぬほどやんないと言われることできないし、そこにむしろ行けないだろうなって思ったら、やっぱゴルフしながら生活していこうかなって思いましたね」
(スタジオ笑)

すると平野さんは、出会ってきた「天才」には共通する特徴があったと言うのです。

平野「僕もちょっと世界クラスのね、『天才』っていう人たちに何人か」
若林「はい」
平野「直接会ったことあるんです、音楽家とか、小説家とかね、でやっぱり一種、独特の人の良さがありますね、愛想の良さっていうか」
山崎「あ~」
平野「すごくニコニコしていて、当たりも柔らかいですし、やっぱそうじゃないと彼らは、あっという間にこの社会から孤立してしまうから」
(深くうなずく若林)
平野「中途半端な人こそ、自分を『天才』に見せようとして横柄になったりすると思うんですよ
(スタジオ笑)
平野「本当にすごい人たちは、親切ですよ、まず大体」
若林「あはははっ!」

平野さんは「その人の才能を世間が愛すること」を条件として挙げていました。そのためには、その才能を世間が理解できるよう伝達する存在が重要になってくるのではないでしょうか。

お笑いコンビであれば、それは相方なのかもしれません。つまり松本さんならば浜田さんのツッコミであり、太田さんであれば田中さんのツッコミが、その役割を果たしているような気がします。