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笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

お笑いで思いっきりスベると世界が広がる

ダイノジ バナナマン オードリー 内村プロデュース オールナイトニッポン ヒルナンデス

サウナの本質は水風呂にある。
そう主張するのは、ヒャダインさん。ももいろクローバーZをはじめとする女性アイドルの楽曲を数多く手掛けてきた音楽プロデューサーです。

サウナの水風呂を耐えた先に広がる世界

2016年7月9日放送の「久保みねヒャダこじらせナイト」。

出演者は久保ミツロウ、能町みね子、ヒャダイン。

番組の冒頭で、ヒャダインさんが最近サウナにハマっている件を取り上げていました。きっかけは、タナカカツキさんの『サ道』。この本でサウナの本質が水風呂にあることを知ったそうです。

ヒャダイン「僕、サウナも大っ嫌いで、あんな熱いし、水風呂もドM専用の浴槽だと思ってましたし」
能町「私もそう思ってます」
ヒャダイン「ですよね、なんですけど、サウナってのはおまけであって、本番は水風呂と、外気浴って言って、休憩する所にあるっていうことが書かれていて」
久保「うん」
ヒャダイン「で、サウナで暖かくなって、それで水風呂にず~っと入っていたら、『温度の羽衣』っていうものができるんですよ」
能町「はっ?」
久保「ええっ?」

「温度の羽衣」は己の体温によって形成され、これに包まれると水風呂が冷たくなくなる。淡々と解説するヒャダインさん。久保さんと能町さんは、はてなマークが頭に点灯しているかのような表情を浮かべています。それでもヒャダインさんのサウナトークは止まりません。

「温度の羽衣」に包まれながら水風呂に入っていると、血管がキュッと締まって気持ちよくなってくる。この状態をしばし楽しんだら外気浴へ。すると水風呂によって締まっていた血管がゆるやかに開いていき、トランス状態のような快感が襲ってくる。

ヒャダイン「それを『ととのった』って言うんですけど」
久保「あはははっ!」
ヒャダイン「(昇天しかけの表情で)『ああ~ととのうわ~、ととのうわ~』ってなるんですけど」
能町「えっ、(水風呂)入った瞬間は、でも冷たいんでしょ?」
ヒャダイン「冷たいんです、しかも胸のところとか入ると『ヒャッ!』ってなるんですけど、(低い声でうなるように)『ウウッ……』って言いながら入って、じ~っとしてたら、『あっ、羽衣が形成されていくぅ~』」
(スタジオ笑)

ニッポン放送のラジオ番組「大谷ノブ彦キキマス」でも、サウナを特集していました。
やはりここでも「サウナの本質は水風呂にある」という前提でトークが進むのですが、そこからさらに発展して、水風呂の話がお笑いの話へと繋がっていくのです。

サ道 心と体が「ととのう」サウナの心得 (講談社+α文庫)

サ道 心と体が「ととのう」サウナの心得 (講談社+α文庫)

サウナの水風呂と、お笑いでスベることは似ている

2016年2月23日放送の「大谷ノブ彦キキマス!」。

パーソナリティはダイノジ大谷ノブ彦。
アシスタントはニッポン放送アナウンサー東島衣里。
火曜日レギュラーはマキタスポーツ。

昼下がりの有楽町、真冬の寒さを吹き飛ばすべくサウナを特集していました。まずはサウナ発祥の地フィンランドについて学び、東島アナのサウナ初体験レポートを挟んでから、大谷さんとマキタスポーツ(以下マキタ)さんによるサウナトークへ突入していきます。
このときに、水風呂に関する持論を熱く展開していく大谷さんに触発されたのか、マキタさんは次のような仮説を思いつきます。「サウナの水風呂と、お笑いでスベることは似ている」。

マキタ「お笑いとかもさ、要は、スベればスベるほど到達できるところってあるじゃない」
大谷「あります、あります」
マキタ「スベるの嫌がるけど、スベりきった先に本当の面白いボケとかあったりするじゃない」
大谷「……水風呂だ」
マキタ「水風呂だよね、それってね、だからその温度差がさ、100度から14度まで……でしか多分味わえないというか、そのところに道があるわけで、きっと、なんかね」
大谷「そうだね」
マキタ「中途半端なとこでさ、やっぱ……」
大谷「ひな壇の後ろで笑ってるだけっていうのは、じつは中途半端な温度のところに」
マキタ「いるってことだよね」

マキタさんの説をすんなり理解できる大谷さん。なぜなら自分自身が長い間、その中途半端なところでくすぶっていたから。

大谷「俺、こんなにラジオで皆にイジられてるけど、昔ずっと守ってたんですよ」
マキタ「うん」
大谷「自分はデキる子だと思ってて、プライド高くて、すごい怖いって言われても、『怖いって言われるのはそうだよな、そんだけ俺ストイックにやってるから』って喜んでたの」

しかしその結果、周りの芸人やスタッフたちがどんどん離れていった。
大谷さんはさらに打ち明けます。相方の大地さんに「もっとイジられるにはどうしたらいいのか? もっと売れるには、もっとテレビに出るにはどうしたらいいのか?」と相談していた過去を。

大谷「したら、『えっ、そんなのすげぇ簡単だよ、スベりゃいいんだよ』って言われたの、『大谷さん、スベりゃいいんだよ、自分のこと守るから、すぐに』って」
マキタ「大地君ってそういうこと知ってたんだ……」

芸人がテレビで活躍するには、スベることができるかどうか。この法則めいた話は、テレビの露出が一気に増えた芸人からも聞こえてきます。例えば、バナナマン。

「内村プロデュース」で意識が変わったバナナマン

2012年7月21日発売の『splash!! vol.4』(双葉社)。

コンビ結成1年目から単独ライブを開催し、着実にコントの腕を磨いていったバナナマン。ボキャブラブームという巨大な波が押し寄せても「俺らはライブがある」。そうやって若手時代はテレビに背を向けていた彼らが、今やテレビ番組出演本数ランキングの上位に必ず登場するようになりました。一体どのような変化があったのでしょうか。

設楽「『内P』(内村プロデュース)に呼んでもらってるときくらいにテレビに対する考えが大きく変わったというか。あれがいつごろだ?」
日村「『内P』が31、32歳とかだと思う。」

大喜利でウッチャンが「お前は誰だ?」と設楽さんに名前を聞いてから指名するぐらい、「内P」に出始めた頃のバナナマンはまだ無名な存在でした。

設楽「(略)内村さんとかが呼んでくれるのが唯一のテレビだったんですけど。もうスベるわけにはいかない、テレビに出て失敗なんて許されないっていう気持ちで行くから、力入っちゃってたんですよ。それで失敗してるのをみんなで笑うみたいな流れがあって、『こういうことか』っていうのがわかったんですよね。バラエティは『輪』でやるもんだ、『個』でやるもんじゃないって。そこら辺から大きく変わっていったんですけど。」

オードリー若林さんの変化も、バナナマンと重なります。テレビに出てない時期は「スベる、イコール死」という考えにとらわれていたそうです。

splash!!vol.4

splash!!vol.4

  • 作者: 太田光,バナナマン,渡辺正行,東京03,水道橋博士,マキタスポーツ,博多大吉,ナイツ,ジャングルポケット,チョコレートプラネット,後藤輝基,山里亮太,若林正恭,久保ミツロウ,能町みね子,樋口毅宏,宇多丸,2700,パンサー,THA BLUE HERB,田我流,相場英雄,入江悠,富田克也,KEN THE 390
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2012/07/21
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スベって顔を赤くしてる芸人は格好いい

2016年2月19日放送の「朝井リョウ・加藤千恵のオールナイトニッポンZERO」。

パーソナリティは朝井リョウ(小説家)、加藤千恵(歌人・小説家)。
ゲストはオードリー若林正恭。

人見知りを克服する方法をリスナーから相談された若林さんは、迷わず答えます。「イジられることができないだけなんだよ」と。

若林「なんか、変なこと話しちゃったときに、『なんでそんなこと聞いてくるの!?』とか言われると」
朝井「はいはい」
若林「もう、絶望的なほど恥ずかしくなるのよ、人見知りのときって」
加藤「うんうん」
朝井「それは分かります」
若林「スベる、イコール死を意味してる」
(スタジオ笑)
若林「その恐怖と戦って、飲み会とか参加してるから、19歳とか」

それが今では人見知りをほとんどしなくなった。つまりスベっても構わない。「ヒルナンデス」でも平気でスベっていると笑いながら話す若林さん。

若林「可愛がって欲しいよ、そんな俺も」
(スタジオ笑)
朝井「過去の自分が見ても……」
若林「過去の自分が見たら『辞めちまえ!』と思うだろうね、あんなスベり方してたら」
朝井「だけどそれも、もういいやってことですか?」
若林「もういいやっていうか、それって、あの~、乗り越えたとか成長したとかでも全然なくて」
加藤「うん」
若林「例えば、『ヒルナンデス』のちょっとしたフリ、ちょっとしたクイズですら、大喜利的な角度でバンバン笑いに変えちゃう人になりたかったのよ、本当に、正直、くふふっ、こんなことしゃべるの恥ずかしいけど」
朝井「いえいえ」
若林「でも、それを乗り越えたとか、自分はそんな才能ないから諦めた、でもなくて、『ヒルナンデス』で確実にセンスを見せる芸人のほうが、俺ダサいと思ってんのよ、今は」
(唸る朝井と加藤)
朝井「新しい」
若林「ちゃんと、中途半端にスベって、顔を赤くしてる芸人のほうが格好いいと思ってるから、そっちを取ってるだけの話で」

バナナマンは「内P」がきっかけでテレビに対する考え方が変わり、スベるのを恐れない姿勢を学びました。では、若林さんは何がきっかけだったのでしょうか。加藤さんが尋ねます。

加藤「それは、具体的に番組名出ちゃってるから聞きづらいけど、ふふっ」
朝井「確かにね」
加藤「その番組を実際にやってるうちに、そうなったんですか?」
若林「でも、単刀直入にプロレスを観始めたから」
加藤「あ~」
朝井「プロレス相当でかかったんですね、若林さんには」
若林「でかい!」
加藤「もう人生観が変わるんだ」
若林「180度変わったんじゃない?」
加藤「その、やられる格好よさとか」
若林「まあ、そうだね、そっちのほうが格好よかったりする試合があるのよ」

この放送を聞き返しているときに、プロレスラー天龍源一郎の引退試合を伝える朝日新聞の記事を思い出しました。その記事に、次のような言葉が出てくるんです。

天龍源一郎、娘が支えた『最高の舞台』 国技館で引退:朝日新聞デジタル」から

プロレスは相手の必殺技を受け続け、立ち上がった先に勝利がある。「相手から逃げずに受け止める勇気」を教わった。