笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

ますだおかだ岡田圭右の取扱説明書を配った男

バラエティ番組を観ていると、「取扱説明書」という概念を耳にすることがあります。

例えば、オードリー若林さんの「取扱説明書」を開けば「人見知り」の文字が見つかるでしょう。「アメトーーク」で人見知りキャラが世に広まった(1ページ目に書き込まれた)おかげで、そのあとのテレビ出演がやり易くなったと本人は語っています。また、ふかわりょうさんの「取扱説明書」を作ったのは「笑っていいとも」のタモリさん。それを引き継いで発展させたのが、「内村プロデュース」のウッチャン(内村光良)でした。

さて、「取扱説明書」をテーマにするなら取り上げたい芸人がいます。それは、ますだおかだ岡田さんです。

漫才ではツッコミを担当。「M-1グランプリ」優勝という実績もあり、その腕前は広く認められています。ところがバラエティ番組で岡田さんを見ると、スベることを恐れずフルスイングで一発ギャグを披露している姿が目立ちます。最初は漫才とのギャップがあり過ぎて、周囲は戸惑うのみだったそうです。

「GAHAHAキング」で犯した失敗を「M-1グランプリ」で繰り返してはならない

2014年10月30日放送「岡村隆史のオールナイトニッポン」(ニッポン放送)

パーソナリティーはナインティナイン岡村隆史。
ゲストは、ますだおかだ岡田圭右(おかだけいすけ)。

先週の「めちゃイケ」で放送された「岡村隆史のANN 新相方オーディション」。この企画に登場したメンバーの中からゲストとして呼ばれたのが、岡田さんでした。野球トークでお互い馴染んだところで岡村さんが切り込みます。なぜ岡田さんの芸風が変わってしまったのか。

岡村「あの~、ますだおかださん言うたらですね、まあ言うても松竹の正統派の漫才師やったはずなのに、いつからそんなことになってしまったんですか?」
岡田「あはははっ」
岡村「何きっかけで、そういうことになってしまったんですか? これはね、ホンマ分からないんですよ! どこきっかけで岡田さんがそんなことになってしまったか」
岡田「いやこれね、ちょっともう本当真面目な話するんですけど」
岡村「うん」
岡田「まあ当然、岡村さんも賞を獲られて、ABCの漫才賞(1992年『ABCお笑い新人グランプリ』)とかね」
岡村「うん、いただいた」
岡田「我々も賞をいただいて、特にまあ『M-1』(2002年)かな、『M-1』をいただいたときに、その前に『GAHAHAキング』(1993年~1994年)」
岡村「『GAHAHAキング』ね!」
岡田「という東京のお笑い番組があった、ちょうど『ボキャブラ』の前かな? 今言うたらネプチューンとか」
岡村「爆笑(問題)さんとかもね」
岡田「爆笑も出てるその番組に我々、1年目、2年目ぐらいで出させていただいたんです、ちょうど」
岡村「うん」
岡田「そんときに、まあ漫才で、関西の漫才師ってあまりいなかったのでトントントントン、ちょっと優勝させてもらった、チャンピオン」
岡村「うん」
岡田「爆笑さん、フォークダンスDE成子坂……」
岡村「あっ! 成子坂ね」
岡田「のあとぐらいで」

芸人になって間もない彼らにとって最高の滑り出しでしたが、このあと賞レースからバラエティ番組への移行に失敗してしまいます。この壁は、20年以上前から存在していたようです。

岡田「ほんでちょこちょこそういうバラエティにも呼んでもらえたんですけど、そこでのちょっと、ネタ以外の立ち振る舞いが」
岡村「うん」
岡田「まあ、よう言われるところですよね、平場(ひらば)言うてね、最近多い」
岡村「そうね、そうそう」
岡田「そこでちょっとそういうのがあって、それがあってから数年後、『オンエアバトル』、そして『M-1』獲ったときに、またネタでチャンピオンいただいた、ほんでまた再び同じようにいろんなバラエティとか、いわゆる平場に……」
岡村「うん」
岡田「『そこや!』と」
岡村「ここで何かしら今までとは違う……」
岡田「そう! 若手たちが今ね、賞獲ったあとに苦しんでるように」
岡村「そうそう」
岡田「そこで! これでまたアカンかったら、もうポシャるんちゃうかと」
岡村「ネタはオモロいけども、それ以外の部分であなたたちは何ができるんですか? っていうね」
岡田「そうお尋ねされたときに、『M-1』という輝かしい勲章……と言いながら実は裏腹で、なんか背負ったみたいな」
岡村「うん」
岡田「『これアカンかったらもうアカンで!』と自分のなかで考えて」
岡村「思ってもうて」
岡田「思ってもうて、ほんだら……『ワオ!』ってなってもうた」
岡村「あはははっ!」
岡田「まあ、これもう端折ったけど! 端折ったけども分かる?」

時間がなくて強引に端折った部分は、「オードリーのオールナイトニッポン」で詳しく語ってくれました。

「M-1グランプリ」優勝直後に出た「内村プロデュース」ではスベった

2015年4月25日放送「オードリーのオールナイトニッポン」(ニッポン放送)

パーソナリティーはオードリー(若林正恭・春日俊彰)。
ゲストは、ますだおかだ岡田圭右。

若林さんが会いたい人として挙げていた岡田さんが、ついにゲストで登場。岡村さんのラジオでは端折らざるを得なかった「M-1グランプリ」(2002年12月29日)優勝後の話になります。

若林「ハート強いってイメージあるじゃないですか、岡田さんって」
岡田「はい」
若林「だんだん強くなってったんですか?」
岡田「当然そうですよ」
若林「最初は伺いながらの『ワオ!』だったんですか?」
岡田「当たり前ですよ、『ワオ!』やっても、シーン……」
春日「あっ、ウケなかったんですか?」
岡田「そりゃそうでしょ」
春日「へぇ~」
若林「ツッコミが上手で、漫才がすごくできる人が、『ワオ!』って言うんですもんね、最初は」
春日「だから皆ビックリしちゃって」
岡田「ビックリする、そりゃあ、『急に、えっ……』って」
(スタジオ笑)
岡田「急に奇声あげたみたいな」
春日「いやでも、そうですよね」

当時の苦い経験を思い出す岡田さん。

岡田「俺ね、今でも覚えているのが、『内村プロデュース』(2003年2月24日『若手芸人下克上』)」
若林「あ~!」
春日「ほぉ!」
岡田「『内村プロデュース』に、まだ本当に、まだそんな無いときに出させてもうたりして」
若林「はいはい」
岡田「ほんでアレってもう、ボケ倒さんとアカンやん」
春日「はい」
岡田「そんときに、いろいろモノボケみたいのもやったかな、なんか商店街の、ねえ、レギュラーメンバー、バンバン行くやん」
若林「はい」
岡田「他いっしょに出てたの、ドランクドラゴンとかも出とったかな?」
若林「あ~」
岡田「何組か、若手のこれからみたいのに出たときに、俺も一応なんかやらんとアカン思っていろいろやったのよ」
若林「はい」
岡田「そんときも、まあ奇声あげながら訳分からんボケしたときに、ホンマめっちゃスベった!」
(驚くオードリー)
若林「『内村プロデュース』で」
岡田「もう全然、もうキャラが分からんから」
若林「急に『ワオ!』とかやったから」
岡田「そんときに、終わってからちょっと食事会みたいのに行ったときに、スタッフの人に『岡田君ってハート強いねぇ』みたいに言われたことはあるんですけどね」
若林「へぇ~」
岡田「でも、そんときはもうボロボロですよ、『はぁ……どうしよう』と」
若林「岡田さんってそうなることもあるんですね」
岡田「いや、あったんですよ、初期のころは」
若林「へぇ~」
春日「それでも続けたわけですよね?」
岡田「もう、それしかないもん」

この芸風が受け入れられるようになったのは、「くりぃむナントカ」(2004年~2008年)に出てからだと言います。

くりぃむしちゅーが取扱説明書を作ってくれた

岡田「あのね、くりぃむしちゅー」
若林「はいはい」
岡田「くりぃむ……(思い出せず)、番組あったでしょ、いろいろと」
(スタジオ笑)
若林「いっぱいあるから」
春日「まあいろいろありますね、テレ朝で」
岡田「うん、テレ朝でいろいろね、アレでけっこう鍛えられたし」
若林「あっ、あそこで鍛えられたんですか」
岡田「そう、ガハハ(『GAHAHAキング』)のときにくりぃむ……あの、海砂利(水魚)時代に仲良く、ほんで有田君ともけっこういろいろやってた」
春日「あ~」
岡田「そんときに、『実は岡田のこういう面は……』みたいなんで、けっこうイジってくれたのは、『笑いの金メダル』(2004年~2007年)のときもそうだったけど」
若林「アレって、スタッフさんにもその意思持ってもらわないと、上手く行かなかったりするじゃないですか」
岡田「そやねん、そうそう」
若林「で、『内P』でそんな感じがあって、したら、くりぃむの番組のスタッフさんとか、くりぃむさんが」
岡田「そう!」
若林「岡田さんのここ面白いって」
岡田「取扱説明書を」
若林「くれたんですか?」
岡田「そうそう」
春日「はは~! そっからなんですね~」
若林「くりぃむさんの番組なんだ~」

答えが出ました。でもちょっと待ってください。くりぃむしちゅーの番組で岡田さんの「取扱説明書」を作ることができたのは、ある男の影響が多分にあったからではないかと私は推測します。

その根拠となるバラエティ番組を、最後に紹介させて下さい。

無欲 岡田がおかだである理由。

無欲 岡田がおかだである理由。

ますだおかだのコンビ愛

2011年5月14日放送「ブラマヨとゆかいな仲間たち」(テレビ朝日)

司会はブラックマヨネーズ(小杉竜一・吉田敬)。
ゲストは、ますだおかだ(増田英彦・岡田圭右)。

この日は「完全未公開SP」で、これまで放送できなかったトークを一挙放出する特別編でした。ますだおかだの回では、小杉さんがスタッフから聞いたあるエピソードを明かし、その真偽を本人に確かめる場面が流れました。

小杉「スタッフの人から聞いたんですけど、『銭形金太郎』(深夜時代は2002年~2004年)で」
岡田「あ~、『銭金』ね」
小杉「やってはったじゃないですか」
増田「はい」
小杉「2人でバラバラでインタビュー行ってはるときに、え~、言うたら増田さんのほうが達者にやってはって、岡田さんのほうが例えば上手くいかへんかったときに、増田さんがスタッフに、『いや、岡田の面白さはもっと違うところにあるんです』みたいなのを、スタッフにこんこんと説明してたのが増田さんやと聞いて」
(どよめく観客)
小杉「『もっと岡田は、突き抜けたら面白さが出るんで、もっと見たって下さい』みたいのを、増田さんがスタッフに、『銭金』スタッフに言うてはったっていうのを聞いたんですよ」
増田「へぇ~」
小杉「『へぇ~』って!」
(スタジオ笑)
岡田「おい!」
増田「全然覚えてない、ただ、一回なんかそれらしい話っていうか、『銭金』じゃないんですけど、ピンでニッポン放送で、月~木の帯のラジオやらせてもらったんですよ」
小杉「うん」
増田「生放送の、で、1人でラジオやるんですけど、向かいの席に放送作家さんが座ろうとしたんで、『すいません、そこ岡田の席なんでこっち行ってもらえますか?』って言うて」
吉田「へぇ~!」
増田「移動してもらったっていう話は……あの、褒められました」

コンビ愛とは、物理的な距離で判断できるような単純なものではないのでしょう、きっと。