笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

萩本欽一にとって「笑い」とは?

2012年秋までBS日テレで放送していた「竹中直人の大人の笑い」。

案内役は竹中直人。1組(1人)の人物に放送時間60分をまるまる与えて、やりたい笑いを自由に表現してもらう。スタッフ側が要求するのは「大人の笑い」であることのみ。あとは全部おまかせで、どういった内容にするかはその人物次第。そんな番組でした。

人選もバラエティに富んでいました。ネタで高い評価を得ているNON STYLEや鬼ヶ島、今ではバラエティ番組が主戦場の森三中やアンガールズ、さらに、イッセー尾形や小松政夫といった大ベテランまで。

例えば、ナイツは普段やらないコントに挑戦したり、パンクブーブーは観客を子供・お年寄り・ギャルに限定して、それぞれに漫才のネタを用意してライブ。その芸人がテレビで表現したかった「大人の笑い」に、私は毎回ワクワクしながら見ていました。

おそらく地上波ではできない実験的なことをしていた「竹中直人の大人の笑い」。この番組の最終回に登場したのが、国民的コメディアンの萩本欽一。

萩本欽一「欽ちゃんの何見たい?」

2012年9月27日放送「竹中直人の大人の笑い」(BS日テレ)

案内役は竹中直人。
出演者は萩本欽一。

株式会社萩本企画で、スタッフと打ち合わせ。
放送ではスタッフの会話の一部がナレーションに変わっているのですが、全部スタッフとして統一しています。いかにも説明口調なときはナレーションと判断してください。

萩本「割と見てるのよ、BSとかさ、竹中さん、なんかウキウキしながらやってるな~とか……僕が今何したいか?って言うと、一番したいのは、あなたが私に何をさせたいか?欽ちゃんの何見たい?

「欽ちゃんの何見たい?」。私はこのコメントにゾクッと来ました。

萩本「俺、テレビ40年ぐらいいるけどさ、初めてだよ、『したいことありますか?』って聞かれたの、ふふっ、今さら『何やりたい?』って言われると、なんだよ~、30年前に言ってくれよ」
(スタッフ笑)
萩本「やりたいこといっぱいあったんだ、だから、今そう言われると、若いとき何したいと思ってたんだろ?……うん」

考える欽ちゃん。「大人の笑い」というコンセプトを聞かされて、

萩本「いいとこ突くね、オトナの人待ってんじゃない?ええ、もう昔、是非そうしたいと思ったの、若いとき、一度もその機会なかった(微笑む)」
スタッフ「では、この機会に是非お願いします」
萩本「大人の笑いをやりたくて、1回できないかな~と思ってやりに行くの」
スタッフ「はい」
萩本「え~、7割ぐらい不発、どうしてか?って言うと……そういう笑いって、稽古して作ってもできないんですよ」
スタッフ「今回はそこにチャレンジしていただけるってことですか?」
萩本「まあ、コントの大人の笑いみたいな、芝居の大人の笑いとかね、まあそっちだと思うんだけど」
スタッフ「はい」
萩本「うん、ドラマの中で止まっちゃって、アドリブ飛ばして、そのアドリブで10分ぐらいやってる……それしたいな~と思ってて」
スタッフ「芝居やコントをアドリブで、何か必要なモノはありますか?」
萩本「あと、大人の笑いって言うと……う~ん、そのことが分かる、この相手が」
スタッフ「相手役ですね、どんな方がいいんでしょう?」
萩本「誰だろ?……(スタッフが何か聞いたようで)いやいや普通の、普通の俳優さんだったら、俳優さんのほうがいいですね、スタジオ(収録)で、お客さんが入ってないんでしょうね」

欽ちゃんの頭の中では、構成ができ上がっている様子。台本について尋ねると、

萩本「入り口(設定)だけ書いといて、あの~、何から入っていいか分からないからね」
スタッフ「そうですよね、はい」
萩本「あの~、なんか『お中元来ましたよ』とかってもうそれだけで十分」
スタッフ「ふふっ、それだけで」
萩本「それだけで」

さらに、ボケにも挑戦してみたいと言います。

萩本「今までボケって、テレビでやったことない」
スタッフ「はい」
萩本「BSだったらやってもいいかな?っていう」

こうして、設定のみで進行する即興芝居に挑戦することで決定。

番組側が手配したのは、女優の東ちづるさん、俳優の小倉久寛さん、そして、欽ちゃんの所属事務所の芸人タカガキさん。

小林信彦 萩本欽一 ふたりの笑タイム 名喜劇人たちの横顔・素顔・舞台裏 (集英社文庫)

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台本なしの即興芝居に挑戦した萩本欽一

スタジオにセットが組まれ、「年金暮らしの父と未だ独身の息子、父はいつもより少し落ち込んでいた……」といった設定だけの台本で、即興芝居をいくつか披露していく欽ちゃんとそれをサポートする俳優陣。

お茶の間のセットで、登場人物が嫁と義理の父や、弟と兄夫婦だったりして、日常から逸脱するような設定やアドリブはありません。私は声を出して笑うことはありませんでしたが、萩本欽一ワールドに触れられて良い時間を過ごしたな、っていう余韻が残りました。笑い疲れるんじゃなくて、心地よい満足感。

そして、収録を終えた欽ちゃんのところにスタッフが向かい、感想を聞きます。

萩本「あの~、僕の育ちが浅草という、そこには軽演劇という僕の大好きな演劇があって、もう今はやる人がいない、見ることもできない、そんなことがちょっとできたらな~と思って、ちょっとこう、やってみたんですけど……なにせ、え~、やったことのないボケをやらせていただいて、今日はなんかあの、全く違う欽ちゃんを自分で見たような気がして、ちょっと、ちょっと幸せな日でした、ありがとうございました」

そう言って、カメラに向かって深々とお辞儀をする欽ちゃん。

最後に、番組恒例の質問「あなたにとって笑いとは?」。私はこの答えがかなり好きです。

スタッフ「それでは最後にお聞きします、欽ちゃんにとって『笑い』とは?」
萩本「世の中に無くていいもんだけど、あったらちょっとイイかな、ってのが、なんか、笑いって感じ」

見終わった後、私も欽ちゃんに聞きたくなっちゃいました。「萩本欽一にとって欽ちゃんとは?」って。