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笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

ラジオのフリートークは通りすがりの人にも届かなければならない

オードリー ウッチャンナンチャン 山里亮太 オールナイトニッポン JUNK

2009年10月10日から始まった「オードリーのオールナイトニッポン」。先月の放送で、200回を突破しました。

オードリーのオールナイトニッポン 一年史

オードリーのオールナイトニッポン 一年史

  • 作者: オードリー,オードリーのオールナイトニッポン編
  • 出版社/メーカー: 大修館書店
  • 発売日: 2011/05/06
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記念すべき200回目の放送は、これまでを総括するような漫才を披露したり、過去にあった思い出深い場面の音源を流したりして、4年間積み上げてきた歴史を振り返るという内容でした。
過去の音源に恥ずかしがったり、懐かしんだりしていたオードリー。で、その音源の中に、春日さんのフリートークが選ばれていました。理由は、とてもつまらなかったから。^^;

「オードリーのオールナイトニッポン」放送200回を突破

2013年8月31日放送の「オードリーのANN」。

春日さんのフリートークがダイジェストで流れたあと、

若林「いや、これはすごいね~」
春日「いや、すごいね」
若林「どう?これ何年前だ、え~と、3年半前ぐらいか、どう?今聞いてみて」
春日「いや~、ひどいね、うん、要らないところ多いね~」

よくある旅行の話だったのですが、起きた出来事をほぼノーカットで淡々としゃべっていました。

若林「あのね、今はそうでもないのよ、なんかここ1年ぐらいは全然そういうことないんだけど、俺、今聞いてて思い出したけど、もう、びっしり書いた台本が目の前にあって、追ってしゃべってて、正直、顔も目もテンパってるんですよ」
(作家笑)
春日「追ってるからね」
若林「だから、なんか俺が『え、なんで?今のところ要る?』って言ったら、多分ショック受けちゃうから」
春日「うん」
若林「言わないほうがいいんだな・・・って思う自分で揺れてんだよね、でも言わないと」
春日「うん」
若林「だから俺は、単調になってる『うん、うん』って、すごい考えながらの『うん』なのよ、ふふっ」
春日「あはははっ」
若林「これなんだ?どこ行くんだ?」
(スタジオ笑)

当時は「早く家から出ろよ!」なんてツッコミが入るぐらい、春日さんのフリートークは冗長でした。
しかし、若林さんも言っているように、今の春日さんは違います。無駄をそぎ落としたトークで、オチがビシッと決まってCMへ、なんてこともしばしばです。

私は春日さんの成長に目を細めながらも、「ラジオのフリートークはどこまで準備しておけばいいんだろう?」とかいろいろ考えてしまいました。そんなときにふと思い出したのが、藤井青銅さんがゲスト出演したラジオでした。
藤井青銅さんは「オードリーのANN」の作家で、かつては「ウッチャンナンチャンのANN」や「伊集院光のOh!デカナイト」といった人気番組を手掛けてきたラジオ界の重鎮です。

ラジオにもほどがある (小学館文庫)

ラジオにもほどがある (小学館文庫)

ラジオのフリートークを作るってナンだ!?

2013年7月21日放送の「伊福部崇のラジオのラジオ」。

パーソナリティは放送作家の伊福部崇(いふくべたかし)、声優の林沙織。ゲストに藤井青銅。
伊福部さんが、憧れの存在である青銅さんに尋ねます。

伊福部「青銅さんの本にも書かれてましたけど、『オールナイトニッポン』とかをいっぱいやられてるときに、結構パーソナリティの人とお話になって、フリートークとかを、演出と言うんですかね?フリートークを作るっていう話をされてたと思うんですけど」
青銅「はい、書いてましたね」
伊福部「結構、僕の仕事で言うとあんまりそれはなくて、その頃・・・まあ『ここはもうちょっと、こう言ったほうがオチが分かりやすいよ』とか、そういうのは言えますけど」
林「はい」
伊福部「でも、パーソナリティと2人で、その、フリートークを作っていく作業っていうのは、僕の仕事にはあんまりない仕事なんですけど、青銅さんの本を読んでビックリしたんですけど、それってその・・・ニッポン放送の慣わしとか、そういうことですか?」
青銅「いや、多分ね、僕が放送作家としてかなり特殊なケースなんですよ」
伊福部「は~」
青銅「さっき言ったように本も書いたりとかそういうこともやって、あるいは一歩踏み込んでね、プロデュース的なこともやったりとか」
伊福部「うんうん」
青銅「こういうヤツはあんまりいなくて、でその、フリートーク作るどうこうも、それをやったのは、例えば伊集院さんであったりとか、ウンナンもそんなにはやんなかったですけど、人によりけりですよね」
伊福部「ははぁ~、なるほど」
青銅「ほっといてもできる人もいれば、できないときは本当に、例えば、多分伊福部さんもお書きになってるでしょうけど、アイドルの女の子とかってやっぱり・・・女優さんとかって、なかなかセリフがないとしゃべれないじゃないですか」
伊福部「そうですね、うん」

アイドルや女優ならば理解できます。では、しゃべりが上手いお笑い芸人だったら全てお任せなのでしょうか?

青銅「お笑いの人でもね、フリートークって、言い方悪いけど、あんま信用してないんですよ」
伊福部「うん」
青銅「意外にできないんです、それは、漫才ブームとかでね、どんどん出てきてる人たち見てれば分かるけど、すごい漫才面白いんですよ、コント面白い、でも、しゃべれない人っているじゃないですか?」
林「あ~」
青銅「いますよね?」
林「いらっしゃいますね」
青銅「で、それは彼が悪いわけでもなんでもなくて、やっぱ向き不向きとかあるんですよ」

ところが、青銅さんが不向きと判断したにもかかわらず、本人は向いていると勘違いしているケースも。そのズレの原因を探っていくと、ラジオのフリートークの特性が見えてきます。

ラジオのフリートークに求められるモノ

青銅「で、それは、彼らはできると思ってるんですよ、なぜできると思ってるかと言うと、いつも小屋(ライブ)でやってるじゃないですか」
林「はい」
青銅「すると、お金を払って自分たちを見に来てくれる人たちを前に、しゃべってるわけ」
伊福部「はい」
青銅「で、ラジオ、テレビもそうだけど、そんなファン以外の人が聞いてるわけじゃないですか」
林「そうですよね」
青銅「通りすがりの人が聞いてて、面白いと思ってくれるかどうかって、これは全く別のしゃべり方なんだけど、やっぱりメディアに出てないかぎり、そのやり方が身に付かないんですね」
伊福部「うん」
青銅「まあ身振り手振りも含めてね、お客さん逃げないですから、お金払って見に来てるから、でもラジオは簡単にスイッチ消しますから」
林「は~」
青銅「そうすると、やっぱり分かりやすく、顔の見えない相手に伝える方法っていうのは、誰かが教えてあげなきゃいけない」
伊福部「なるほど」
青銅「と僕は思うんです」

ファンに向けて話す技術と、ファン以外の通りすがりの人にも伝わるよう話す技術は、全く異なる。そう青銅さんは言います。そして、ラジオのフリートークに求められるのは後者。

青銅「まあ、変な話、ファンはなんだって聞くじゃないですか?」
伊福部「そうですね」
青銅「それは、歌手であろうとお笑いであろうと、みんなそうですよ、だって、その人がしゃべってくれればそれでいいんだもん」
伊福部「ええ」
青銅「だけど、なんとなく嫌いではないけど、なんとなくこの人に興味があるっていう」
伊福部「うん」
青銅「その人たちが、こう聞いてくれるにはどうするかって言うとやっぱり、そういうしゃべり方を身につけないと、なかなかつらいんじゃないかな~って思いますね」

ファンにしか分からないこと(だからこそファンには堪らないわけですが)を、きちんと説明を前に入れたり、もしくは避けたりして、バランスを取るのが大事なんでしょうね。ラジオについての熱い話は翌週も続きます。

ラジオを聞くスタイルが昔と変わってきている

2013年7月28日放送の「伊福部崇のラジオのラジオ」。

ラジオを聞くスタイルの変化について、伊福部さんが指摘します。

伊福部「僕らは、当たり前ですけど地上波で育って、子供の頃には地上波しか当然なかったですし、不特定多数が聞くもので」
青銅「そうですね」
伊福部「(ラジオを)つけた瞬間は誰がしゃべってるか分からないので、ジングル(CM前の番組タイトルコール)が鳴るまで、『あ~誰だったんだ』って」
青銅「どこの局かも分からない」
(スタジオ笑)
伊福部「確かに」
林「はい」
伊福部「なるべくそういうのは伝えてあげないと、って思うんですけど」
青銅「うん」
伊福部「今はね、もうパソコン立ち上げて、誰々さんのラジオを聞きにいくって自分で選んでるので
青銅「うんうん」
伊福部「そうなっちゃうと、その前段階って必要なくなっちゃいますもんね、う~ん・・・どっちが良いのか分かんないですけど、もしかしたらそういう、番組によっては全然トークの仕方が変わってくる・・・」
青銅「かもしれませんよね、分かんないですけど」
伊福部「うん」
青銅「いや、そのファンがね、前提なしで聞いてくれるファンが、最初から100万人いればいいだけの話なんですよ」
伊福部「まあそういうことですよね」
青銅「それはそういう放送やったっていいんですよ、別に、だけど多くの人はいないわけです」
林「そうですね、はい」
青銅「数千人とか数万人から始まっていくわけで、それを100万人にするのが、そういう仕掛けなのかなって気がします」

不特定多数ではなくファンに向けたラジオをやりたいならば、別にTBSラジオのJUNKや、ニッポン放送のオールナイトニッポンの枠にこだわる必要はありません。
自分で収録した音源をYouTubeにでもアップロードして、ツイッターでリンクと共につぶやけば、ファンは聞いてくれるでしょう。それで願望は満たされます。そういう行為を事務所が制限している場合もありますが・・・

のはなしさん

のはなしさん

では、具体例を挙げて終わりにしたいと思います。

「フリートークを作る」具体例

2013年9月11日放送の「山里亮太の不毛な議論」。

放送前の打ち合わせの様子をオープニングで語る山里さん。

山里「先日行ってきましたですね、岩手県久慈市での『あまちゃん』ロケ地巡りツアー、その話をしたいんですけども、大体ね、オープニングでしゃべることっちゅうのは、打ち合わせ室でね、あの~、小川さんもいて、作家のみなさんがいて、で、ディレクターの今村さんとプロデューサーの宮嵜(みやざき)さんとね、みんなにね、『今日ちょっと、やっぱりこの話になると思うんですけど~』って」

そう言って、「あまちゃん」ロケ地巡りがいかに楽しかったかをスタッフに聞かせたところ、

山里「結構しゃべること10分、15分、みんなにバーっとしゃべってね、『どうよ!』って感じでしゃべったら・・・すごくリアクションが薄かったのよ」
(作家笑)
山里「あの~、『え?え?』って顔ずっとしてんのよ、みんなは、いや、『あまちゃん』見てるからもっと盛り上がってもいいかな~って思ってたら、全然ですよ」

すると、プロデューサー宮嵜さんからダメ出し。(宮嵜さんと作家見習いセパタクロウさんの発言は山里さんが再現)

山里「どうしようと思ってたら、宮嵜Pが」
宮嵜「どうしたの?全然・・・いや、伝わってこないんだよね~、山ちゃんらしさがないというか」
(作家笑)
宮嵜「なんかもっとほら~、いいのよ、そのすごい旅が良かったと、岩手という街が素敵だった、『あまちゃん』のロケ地良かった、それはいいのよ、それでも伝えてもさ・・・それだけ言われてもしようがない、だって、JUNKだよ、伝統あるJUNKの枠でおしゃべりするには余りにもなんかこう・・・楽しかった~とか、良かった~ってだけじゃね~
山里「みたいになって、もうだんまりですよ、そっから」
(作家笑)
山里「で、そしたらですよ、スッと俺の座ってる隣の隣の隣の席に座ってるですね、セパタクロウちゃん(童貞)がですね、スッと立ち上がってですね、メガネをくぃっと上げて」
セパタクロウ「みなさん、ちょっといいですか・・・」
山里「『どうした?セパちゃん、いつになく真剣な顔して』、いや、セパちゃんがそんな真剣な顔をすんのは、自分の童貞を悪魔(サキュバス)に奪われたいって話をしたとき以来だから」
(作家笑)

これはただ事ではないと、打ち合わせ室にいたスタッフがセパタクロウさんの言葉に耳を傾けます。

セパタクロウ「これどうでしょう?山里さんが、岩手でのその楽しかった話、『あまちゃん』の話をする、でもそれは『あまちゃん』が分かってる人には分かるかもしれない、だったら、この番組のリスナーのほとんどを占めているエロい人たちに向けて、ちゃんと、今の『あまちゃん』の話分からないと思うけど、エロあるあるで言うとこれだ!っていう、そういう風に、エロあるあるを足してったらいいんじゃないですか?」
山里「そしたらもう、スタンディングオベーションですよ」
(作家笑)
山里「打ち合わせ室、ニウチと言いましてね、ええ、第2打ち合わせ室でですね、野郎たちが『そうだ!』と、『山ちゃんの存在意義ここにあり!』と」

そのような打ち合わせが行われての、オープニングのフリートーク。
「あまちゃん」ロケ地を案内してくれる観光ガイドの方と落ち合うため、朝5時に車で八戸ICに向かった山里さん。

山里「八戸ICってとこ降りたら、もうそこに1台車が停まってるのよ、大きめの車が、で、そこまで行って、車を着けて『ありがとうございました』ってなって、そしたらですよ・・・いきなり、そのもうひとつ停まっている車からね、ガーっとドアが開いて(観光ガイドの方が)出てくるわけですよ、そのときの姿がまた泣かせるのよ、ね、ハッピ着て、頭にはあの『あまちゃん』でお馴染みのね、『北の海女』って書いてある手ぬぐい巻いてね、うん、手ぬぐいと言えば!・・・なんだろうな?エロいので例えると、だからその、『アイラブTENGA』って書いたTシャツをソフト・オン・デマンドの社員が迎えるときに着て来てくれた、みたいな・・・やだな~!このシステム!」

もしかしたら具体例の選択を間違えたかも・・・そんな気がしてなりません。