笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

新海誠「隣の誰かに届かせたいと本気で作れば別の国の誰かにも届く」

2ヶ月ほど前になりますが、アニメーション監督の新海誠さんと加藤浩次さんが番組で対談しました。

新海誠監督の劇場アニメ『言の葉の庭』が公開された時期なのに加えて、加藤さんが新海作品のファンということで実現した対談。小学生のときにアニメ雑誌『アニメージュ』を定期購読していた過去を持つ加藤さんが、新海ワールドに迫ります。

自分の作品が作りたくてゲーム会社を29歳で退職した新海誠

2013年5月30日放送「加藤浩次の本気対談!コージ魂」(BS日テレ)

司会は加藤浩次(極楽とんぼ)。
ゲストは新海誠(アニメーション監督)。

アニメーション監督になる前は、ゲーム会社の社員だった新海さん。「どうしても自分の作品が作りたい」思いが抑えきれず、29歳で会社を辞めてしまいます。

加藤「最初は普通に就職されてたんですよね?」
新海「そうです、ゲーム会社ですけど、あの~、ゲーム作ってたんですよね」
加藤「ええ、どんなゲーム作ってたんですか?」
新海「いわゆるRPG」
加藤「ロールプレイングゲーム、はい」
新海「そうだ、ゲームもお好きなんですよね?」
加藤「ゲームもちょこちょこやってます、ふふふっ、意外でしょ?」

アニメ好きで、ゲーム好き。加藤さんのちょっと意外な一面。

新海「それやってて楽しかったんですけど、集団作業も楽しかったけど、でもこう、『これは自分の作品である』って言えるモノを、なんか作りたい気持ちに段々なってきて」
加藤「それがなぜ、アニメっていう」
新海「それはね、単純にまず使う道具がゲームと一緒なんですよ」
加藤「あっ、パソコンか~」
新海「そうですそうです、しかもソフトも同じなんですね」

会社を辞めた新海さんは、たった1人でアニメ制作に打ち込みます。

加藤「1日何時間ぐらいやられてたんですか?」
新海「え~とね、本当に寝る時間とご飯食べる時間以外はずっと、引きこもってましたから」
加藤「15時間とか?」
新海「とかですよね、16時間とか17時間……」
加藤「人にも会わず?」
新海「人にも会わず、はい」
加藤「ワンルームのマンションで」
新海「あの~、まあ、もうひと部屋ぐらいありましたけど」
加藤「あっはっはっはっ!1Lのマンションで」
新海「ふふふっ、そうです、でまあ、ゲーム業界にいた5年間の貯金を切り崩しながら、その10ヶ月弱」

そして、完成したのが映画『ほしのこえ』。

この作品を作り始めたときは、どこかで上映したり売ったりする当てがない状態だったそうです。しかし、あることがきっかけで大化けします。

たった1人で作ったアニメ作品『ほしのこえ』が大ヒット

加藤「作品を、誰に頼まれてるわけでもなく、できたわけですよね」
新海「『ほしのこえ』はそうですね」
加藤「ねえ、言ったら、どっかからオファーがあってとか、スポンサーいてとか」
新海「はい」
加藤「ここで上映しましょうとか、DVD化しましょうとかいう話が全然ないわけですよね」
新海「最初はなかったんですけど、ただね、途中で、完成間近ぐらいから企業に声かけていただいて」
加藤「なんで!?そんなこもってる人間に声かかるんですか?」
新海「はははっ、あの、当時まずドットコムバブルという、バブルの状況だったんですね」
加藤「ほぉほぉほぉ」
新海「インターネットで世界が変わるみたいに言われ始めてて」
加藤「うん」
新海「で、あと僕は、ですからインターネットに作ってる断片の、予告編をそのつど載せてたんですよ、自分のホームページに」
加藤「(深くうなずきながら)へぇ~」

ネットでの大きな反響の結果、『ほしのこえ』の上映が決定。

新海「下北沢の『トリウッド』っていう小さな劇場があるんですけど、そこでかけましょうって話があって」
加藤「なるほど、単館で?」
新海「そうです、50人入る劇場で、で、そこでまず映画として初日があったわけですね」
加藤「はい」
新海「それが、驚いたんですけど、僕はその、何も宣伝もしてないし、インターネットにあるだけだから、本当にコアな人たちが来てくれるのかな?でも50人埋まるのかな?と思ったんですけど」
加藤「うん」
新海「初めての経験の舞台挨拶ってこともあって、朝ちょっと早めに行ったら」
加藤「はい」
新海「劇場からずっと人が並んでるんですよ」
加藤「列ができてる」
新海「列ができてて、まさか?と思ったんですけど、それはこう、僕の作品を見るために来た人たちで」
加藤「それは……え?予告編見て、『あ~、これなんだ?』って思った人がいっぱいいた……」
新海「いたということなんですよね、結果的に」
加藤「は~!」
新海「そこでやっぱり……人生が変わった感はありますよね」
加藤「変わりましたね!」

上映から数ヶ月後、DVDも発売。5000本売れればヒットと言われる業界で、およそ10万本を売り上げる異例の大ヒットを記録。それは時代状況も多分にあった、と謙遜する新海さん。でも時代にマッチさせるのは難しいことだ、と称賛する加藤さん。

この『ほしのこえ』大ヒットが、2002年。

その2年後、2004年に発表した『雲のむこう、約束の場所』では、毎日映画コンクールアニメーション映画賞を受賞。

さらに、2007年には『秒速5センチメートル』を公開。

順調に実績を重ね、日本を代表するアニメーション監督となった新海誠さん。ところが、ここ最近までずっと迷いがあったと言います。

月刊MdN 2016年10月号(特集:君の名は。 彼と彼女と、そして風景が紡ぐ物語 / 新海誠)[雑誌]

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誰からもダメ出しされない不安

新海「今、自分がやっていることをずっとやっていっていいのか?みたいな、迷いがずっとあってですね」
加藤「はい」
新海「で、それがなくなってきたのが本当に最近なんですけど」
加藤「うん」
新海「その、『ほしのこえ』作った以降、アニメーション監督として仕事させていただくようになったわけですけど、本当にアニメーション監督でいいのか?っていうのは、その後、5年、6年ずっと悩んでたんですね」
加藤「(予想外の言葉に)へぇ~、それはなんでですか?不安?」
新海「会社員生活が楽しかったし、あとこう……社員として誰か上司の下について仕事をすることが楽しかったんですね」
加藤「うんうん」
新海「で、それでこそ自分を上手く使ってもらえるみたいな感覚があったんですよ」

上司の命令で仕事をしていた会社員から、いきなり監督という立場に。

新海「デビューがそういう形でしたから、いきなり監督だったわけですよ、スタッフじゃなくて」
加藤「うん」
新海「で、アニメ業界の人たちと仕事をやり始めたんですけど、彼らのほうがキャリア的には先輩なんですよ」
加藤「うん、アシスタント歴も長いですし」
新海「そうです、ただ僕は一応、立場的には監督として、で、自分の作りたい作品もまだあったから、監督という立場でやるんですけど、本当は命令して欲しいなとか、本当は指示して欲しいなって気持ちが、ふふっ、ずっとあって」
加藤「ふふふっ、うわ~、面白いですね~」
新海「命令というかなんというか、ダメ出しというか、『こうじゃないだろう?』ということを、それこそ宮崎さん的な圧倒的な力のある人に、言って欲しいって気持ちはずっとあったんですよね、僕はそんな風にして、5年間の社会人生活をやってきたので」

加藤さんも共感します。

加藤「人に何も言われないって怖いですよね」
新海「そう、そうなんですよね、はい」
加藤「あの~、僕なんかまだまだペーペーですけど」
新海「いや、そんな……」
加藤「昔に比べたら、ダメ出しとか言ってくれる人は、明らかに少なくなりましたね」
新海「それはそうですよね、それが……」
加藤「最初っからないわけですもんね!」
新海「そうなんです、スルッとなくなってしまって、まあだから、それもあって職業とかももう1回、ギリギリ当時まだ30(歳)になったばかりでしたから」
加藤「はい」
新海「バイトとかもね、どっか雇ってくれるとこあるかな?とか、そんな気持ちをずっと抱えたまま、何年かアニメを作り続けてたんですよ」

でも今は違う。

新海「でもなんかもうね、もうこう(アニメーション監督)かな、と」
加藤「もう行くでしょう」
新海「もうアニメーション監督として、きちっと言い訳なしに、『アニメーション監督なんです』って言わないと、もういい加減40(歳)ですから、ふふっ、ダメだなと」
加藤「ははははっ」
新海「ようやくそういう気持ちになりましたけど」

不安を抱えながらアニメを作り続けていた新海さん。ここに来てようやく吹っ切れたと語っていましたが、会社を辞めたときから全く変わっていないモノがあると、私は今回の対談から感じました。

それは、「自分の作品を届けたい」という気持ち。海外でも評価されている新海さんの作品。その理由を加藤さんが考えるに、

加藤「それは新海さんの作品の中に、根底にやっぱリアルがちゃんとあるからでしょうね」
新海「まあ……そうですね、一応やっぱ、人に見て欲しいっていうのがまずあるから、届かせなきゃいけない気持ちがあるから、僕の隣の誰かに届かせたいと本気で作ったモノだったら、きっと多分、別の国の誰かにも届くんだろうな、とは思います」
加藤「なるほどね」