笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

ある先輩芸人と出会って、最強のジョーカーに生まれ変わったよゐこ

このブログでは、ウッチャンナンチャンだけでなく、ウッチャンナンチャンと繋がりがある「お笑い芸人のちょっとヒヒ話」も書いてきました。でも、まだ紹介していないお笑いコンビがいます。
それは、「よゐこ」です。
本当はもっと早く書きたかったのですが、よゐこが自身のことを語っている番組に私がなかなか出会えなくて、今日まで来てしまいました。

よゐこライヴ ~もしもの from A~ [DVD]

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エリート芸人よゐこ

2011年9月24日放送の「ブラマヨとゆかいな仲間たち」。ゲストに、よゐこ。

「エリートってどんな気分ですか?」という質問を、ブラックマヨネーズがよゐこにぶつけます。よゐこはやんわり否定しますが、その根拠となる彼らの経歴を小杉さんが紹介します。それは以下のとおり。

西暦 よゐこの出演番組
1991年 デビュー
1992年 新しい波(フジテレビ)
1993年 とぶくすり(フジテレビ)
1995年 笑っていいとも(フジテレビ)
1996年 めちゃイケ(フジテレビ)、ウリナリ(日本テレビ)

デビューしてから「ウリナリ」のレギュラーになるまで、たったの5年!確かに、エリートと呼ばれるのも納得です。

若手時代のよゐこは超ジャックナイフ

濱口「なんかね、始めた当初から、絶対売れる!と思ってた、特に俺、今から考えたら頭おかしいんちゃうか?ってぐらい、もう態度超デカかったもん
吉田「へぇ〜、生意気な感じだったんですか?」
濱口「挨拶、まずしなかった」
小杉「あっはっはっはっ!」
濱口「なぜなら売れるから、(その発言に照れたようで)はっはっはっはっ」
(スタジオ笑)
有野「売れる、売れへん関係なくやらなアカンねん」
小杉「やらなアカンですよ」

そんな有野さんも、舞台で師匠の名前を覚えられない濱口さんを見て、「自分達に知られていない師匠が悪いんだから覚えんでいい」と言ったそうです。それを聞いた小杉さんは恐怖で震えあがっていました。^^;
さらに、ネタ見せのときも、

濱口「だって、未だに言われんねんけど、フジテレビがわざわざ大阪まで来て松竹のネタ見せをする、みたいなときがあって、で、俺らネタをやってんけど、声がちっちゃいわけですよ」
小杉「えっ!?本気でやってなかったんですか?」
濱口「本気でやんなかったんですよ」
小杉「(引きつった表情で)ええ〜!」
有野「ボッソボソですよ」
小杉「クソ生意気な若手〜」
(スタジオ笑)
濱口「おかしいやろ?」
小杉「もうリハーサルみたいな感じで、流しとったんですか?」
有野「流してた」
濱口「そうそうそう、んで〜、そのフジテレビの偉い人に『君らはネタ、普段からそんな感じかな?』って言われて、こっちが『いや、舞台上だったら、ホンマもうちょっと大きい声出ますよ』」
(ブラマヨ小杉爆笑)
吉田「(驚きを隠せず)ええ〜!聞いたことない」

よゐこは、東京に進出しても「とぶくすり」のレギュラーに選ばれたり、バラエティ番組にもたくさん出演するようになりました。まさに順風満帆の芸人人生・・・と思いきや、

ゴールデン番組に出てネタ以外何も出来ない事に気付く

のです。

吉田「どっかで気付くんですか?『あれ、めっちゃ生意気ちゃうん?俺』って」
濱口「あの、ネタ外れてからかな、ネタをやらへんようになって、ネタでテレビはいっぱい出たけど」
吉田「はい」
濱口「そっからほら、クイズ番組とかになって、自分達が何も出来ないって事にようやく気付き出す」
(スタジオ笑)
濱口「ゴールデン(番組)とかで、死ぬほどしくじっていくのよ」
有野「ふっふっふっ、『トークコーナーがあります』言うたら、『トークコーナー、我々出ないです』って」
(スタジオ笑)
吉田「ええ!」
有野「『考えたモノを見せたいんです』」
小杉「え〜!」

それでも強がることを止めない。その訳は、

吉田「格好つけたんですね、でも内心は、もうビビってたって事ですか?」
濱口「バレるのが怖かった」
(うなずくブラマヨ)
有野「嘘ついたらドンドンいくもんやねんな、みたいなことやで」

さらに別撮りのコメントで、

濱口「弱い部分とかを見せるのが怖かった時期ですね、あんときはね、本当の自分を見せられへんかった、ずっと強がったモノのみでやってたから・・・アホやったんですね」
有野「ふふふふっ」

しかし、ある先輩芸人との出会いがよゐこに変化をもたらします。

ウッチャンナンチャンという先輩に出会って、よゐこは変わっていく

濱口「あとやっぱ、東京で良い先輩に出会っていって、『あ、これじゃアカンな』って気付くのが多かったかな」
小杉「誰ですか?その先輩」
濱口「ウッチャンナンチャンさん・・・」
吉田「おお」
濱口「・・・にはいっぱい、本当にいろいろ教えてもらって、で、内村さんに言われたことあんねんけど」
吉田「はい」
濱口「南原さんに『おい、濱口』って言われて、俺が(後ろを振り返って)『はぁ!?』って言ったことがあったのよ」
吉田「ええ〜!」
濱口「内村さんに連れてかれて、『濱口、はぁ!?はないよ』って」
有野「はっはっはっはっ」
濱口「『南原に、はぁ!?はないよ』って言われて、はっはっはっ、本当にウンナンさんにいろいろ教えてもらって、それで段々変わっていったと思います
有野「こうするもんなんや、ああするもんなんやって
濱口「うん」

「ウリナリ」でいろいろ学んだよゐこ。
で、「ウリナリ」のときにナンチャンから貰ったアドバイスについて、よゐこがある番組で明かしていましたので、こちらも一緒に紹介させてください。

2011年10月24日放送の「お願い!ランキング」。芸人交換日記よゐこ編。

コンビの相方同士で、与えられたテーマに沿って交換日記を行う企画。「秘密にしていること」というテーマで、濱口さんが有野さんへ書いた日記の中に、

今日は秘密にしている事を書こうと思います。
それはコンビ「よゐこ」にある先輩から言われたお話です。
レギュラー番組をやらしてもらってるのにもかかわらず休みばっかりの日々が続いてた時、
どーして「よゐこ」はコーナーに使ってもらえないのかと相談しました。
そしたらその先輩がトランプにたとえてお話してくれました。
勝俣さんがエースのカード、ダイヤがキャイ〜ンの天野君、クローバーがキャイ〜ンのウドちゃん、ハートが千秋。
その先輩は番組のコーナーごとにトランプのカードを切る様に、タレントを配置するとおしえてくれました。
僕はきになったのでその先輩に、よゐこは何のカードですか?と質問しました。


その先輩は答えてくれました。
よゐこはジョーカーだよ!うまく使えば最強のカード。ただ使い方をまちがえると最悪のカードになる。
ただ今のよゐこのジョーカーだと、わぁーババが来ちゃったって俺は思うね!って。
まーこのお話に当時勇気をもらって、「くそー最強のジョーカーになったる」と必死になってたんやけど。
うーん、どうせジョーカーやしとクサったり、またとりもどしたりと当時は悩んでました。

もちろん「ある先輩」とは、ナンチャンのことです。今、ナンチャンの手元に「よゐこ」というカードが来たら、どう感じるのでしょうか?

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今のよゐこの活躍を裏付ける努力と行動力

ジャックナイフだった若手時代、ウンナンと出会ってバラエティ番組での振舞い方を学び、今では大人から子供まで幅広く愛される人気コンビに成長した、よゐこ。
ブラマヨの言う通り、エリートと呼ぶに相応しい芸人人生だと思うのですが、実はこんなやりとりもありました。
ネタ以外何も出来ないことに気付いたときの話で、

有野「で、ボロボロになりだして、でも濱口は勉強家やから、なんか毎回台本を読むんですよ」
濱口「あっはっはっはっ」
有野「台本を読んで、『〜などあって』の部分をすごいシミュレーションするんですよ、『いいとも』でいっつもタモリさんと絡んでて、で、それが卒業になって」
吉田「はい」
有野「4年ぶりぐらいで『タモリ倶楽部』でタモリさんと絡むってなって、事前の打ち合わせをして、で、その日のシミュレーションをずっと濱口前日するんですよ、寝ずに
吉田「おお」
有野「タモリさんがこう来たらこう返そう、こう来たらこう返そう、と」
小杉「そんなんしてるん・・・」
有野「だから有野はこうしたらいいんじゃないか?とかいろいろやって、で、本番に挑むんですよ、タモリさんはフラットな人やん」
吉田「はい」
有野「で、会ったときにタモリさんが本番中に『おお、よゐこ久しぶりだな』って言われて、濱口タジタジになって、『久しぶりだな?・・・シミュレーションにない!』」
小杉「ええっ!」
(スタジオ爆笑)
小杉「あるやろ〜、4年ぶりやねんからシミュレーションに入れてくださいよ〜」
濱口「ぽっこり抜けてた」

また、「よゐこ」になる前、「なめくぢ」というコンビ名で活動してた頃。デビューしたばかりでまだ無名なので、ネタ見せのオーディションにも連れて行ってもらえなかったときの話。これは、

2011年11月5日放送の「ブラマヨとゆかいな仲間たち」。未公開トーク

の中で紹介されました。

有野「勝手に動くねん、俺らって」
濱口「ネタ見せとかあるじゃないですか、ちょうど読売テレビの『怒涛のくるくるシアター』って番組やねんけど」
小杉「あ〜、知ってます」
濱口「アレにどうしても出たくって、会社(からの指示を)待たれへんから、直接読売テレビに電話かけて、僕が」
(驚くブラマヨ)
濱口「『すみません、なめくぢですけど、くるくるシアターの担当の人呼んでください』つって、直接呼び出して、読売テレビ行くからネタ見てくれ」
小杉「ええっ!じゃあ、『見たるから来い』ってなって?」
有野「うん、で、それを週2回ぐらい行くのよ」
濱口「はっはっはっはっ」
小杉「え〜!」
有野「毎回『なめくぢですけど、○○さんお願いします』って、で、行って、(担当)『どこ変わった?』つって、『いや、あのちょっと、出方をゆっくりにしてみました』」
(スタジオ笑)
小杉「そんなマイナーチェンジまでしてたんですか!?」
有野「そう、毎回行って、で、なんでもないこと話して、あーだこーだ言うて帰ってくってのを続けてたら、(担当)『よしっ、やってみようか』言うて」
(スタジオから驚きの声)
濱口「結局、熱意が通じてそのまま」
吉田「へぇ〜!」

芸人としての下積みがほとんどなく、気が付いたら売れていた。オシャレでシュールで、天才肌のお笑いコンビ。これが、私の抱くよゐこのイメージでした。
しかし、この話を聞いて私が感じたのは、よゐこは影で努力をして、がむしゃらな行動力でもって、エリート芸人と呼べるような道を切り開いてきた。あくまで私の憶測ですが、それが本当のよゐこの姿ではないか、と。そして、先輩芸人からのアドバイスに真摯に耳を傾けた結果、今の人気があるのではないでしょうか。

ちょっと妄想が過ぎましたので、最後は、有野さんのブログの一部を紹介させていただいて、このエントリーを締めたいと思います。

有野がウリナリの打ち上げで学んだコト

で、昔の話。
その昔、“ウッチャンナンチャンのウリナリ”という番組に出さしていただいていた。
僕、24歳。
ウンナンさん、31、32歳。
新年会、忘年会、スペシャルの打ち上げ、収録終わりの食事会
と、それはそれは美味しいものを沢山いただいた。
メンバーや制作との食事会の時は全く気付かなかったが、
ある時の宴会(スペシャルの打ち上げかな?)、
よゐこサンの当時のチーフマネージャーに教えられた。
「見てみい有野。
ウンナンさんビール持って全部のテーブル回ってはるやろ?
あそこまで出来ないとアカンし、
あそこまで出来るからみんなついて来はるねん。」


確かに、僕がテーブルについてバクバク食べてる間、
内村サンも南原サンも同じ方向ではないけど全テーブルをまわって、全部のグループと話してスタッフを笑かしてはった。
徹夜続きで眠たそうやったスタッフも楽しそう。


そうか、そういうもんか。