笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

出川哲朗「これがチェン!」

2011年6月5日、日曜日。お笑い好きにとっては忘れることができない日となりました。

午後7時からフジテレビで放送された「爆笑!大日本アカン警察」。この番組で、ダウンタウンとナインティナインが14年ぶりの共演を果たしたのです。両者の掛け合いの様子を眺めていると、過去のあんなコトやこんなコトが頭に浮かんでは消え、感情の揺れをコントロールするのに必死でした。見終わった後はぐったり。そして、「これで良かったんだよね」と1人ごちたのでした。

今回のテーマはそれではありません。お笑い史(もしあるとしたならの話ね)に、太字で刻まれるであろう「ダウンタウンとナインティナインが14年ぶりの共演」ではなく、その裏でひっそり(でもないけど)頑張っていた「ヘルメットおじさん」について語りたいのです。

15年前、ジャッキー・チェンのアクションを完璧にこなしていた内村光良

2011年6月5日放送「世界の果てまでイッテQ!」(日本テレビ)

司会は内村光良。

2時間SPの最後に登場したのは、安全第一「ヘルメットおじさん」こと、内村光良。

5ヶ月前に男三人祭りで挑戦した「橋の向こうへ行く祭り」で、全く見せ場を作れずに終わった。その無残な姿にスタッフよりもショックを受けたとウッチャンは語ります。

内村「15年前ぐらいにね、あの、ジャッキー・チェンのアクションに挑戦するみたいのやったんですけど……」

ここで「ウッチャンウリウリ!ナンチャンナリナリ!!」の映像がはさまる。ジャッキー・チェンのアクションシーンを見事に再現している31歳の内村光良の姿に、スタジオのイッテQ!メンバーから感嘆の声があがる。

内村「やれたんだね、全部やれてた、もう一回言おう、全部やれてた」
(スタジオ笑)
内村「体力落ちるのと反比例して、酒が増えてんだね、あはははっ」
(スタジオ笑)
内村「(真面目な表情になり)やっぱりこのままじゃいけないと思うんですよね」

あのときの若さを取り戻す決意した内村光良。

そこで立ち上がった新企画が「ヘルメットおじさん修行の旅」。世界各国で体を張った挑戦を行うことで若さを取り戻そう、というのが企画の目的です。

新企画「ヘルメットおじさん修行の旅」でベアフッティングに挑戦

今回スタッフが用意した挑戦は、「ベアフッティング」。素足で水面をとらえて滑るという、簡単に言うと水上スキーの板なしバージョン。ジャッキー・チェンの映画『レッド・ブロンクス』のスタントシーンにも登場します。それを見る限り、かなりハードそう。

この挑戦のためやって来たのは、台湾。オープニングを撮っていると、スタッフが伝説のトレーナーを用意したと言います。すると、物陰からブルース・リー出演の映画『死亡遊戯』でおなじみ黄色に黒のラインが入った衣装を身に着けたインパルス堤下が登場。

ウッチャンとインパルス堤下さんの共演。こっちの共演もウッチャンファンにとって、かなり待ちわびた夢の共演です。この2人の楽しげなミニコントについても触れたいのですが、ここでは割愛。

そんなこんなでオープニングが撮り終わり、2人は修行の舞台である台北市内の「微風運河」へ。

目の前には巨大な運河。そこで待機していた本当のトレーナーと共に船に乗り込みます。そしてトレーナーがベアフッティングがどんなものか伝えるべく実践してくれました。トレーナーが繰り出す妙技に、船上の2人は口あんぐり状態。

堤下「内村さん……」
内村「ああ……」
堤下「コレ出来ますね」
内村「(食い気味に)出来ねえよ!」
(堤下笑)
内村「悪いけどさ、俺、46歳のコメディアンだからね」
堤下「そ、そうなんですよね、お笑い芸人さんなんですよね」
内村「お笑い芸人だからね」

追い討ちをかけるようにトレーナーから今回のチャレンジが無謀だと告げられます。

ひとつに、ベアフッティングを全くの初心者を教えるのは初めてのケースであること。加えて、水上スキーの経験者でも立つのに1週間かかること。

内村「あの~、3、4日しかないんですけどね」

返す言葉もなくため息を付くトレーナー。そんな状況ですが、とにかく挑戦するしかありません。

46歳のヘルメットおじさん、いざベアフッティング!

船から横に伸びたバー。それを両手でしっかりつかむウッチャン。バーから前方につながれているワイヤーに両足を引っ掛ける。そうすると、ちょうど背中とお尻が水面に接するような形になります。

その体勢を維持したまま、船はスピードを上げていく。一定の速度に達したら、両足をワイヤーから離して、徐々に水面へ。そして足の裏で水面をつかまえる。つかまえたら上体を起こしていき、私たちがイメージする水上スキーで滑っている体勢へと持っていきます。

最大のポイントは時速70キロ以上のスピードに対応できるかどうか。

ベアフッティングは素足で滑るため、時速70キロ以上のスピードが必要となります。これはかなりの速度。つまり足の裏でいかに水面をとらえるかが鍵なのです。ワイヤーから足を離して水面に近づける際、ゆっくりやらないと水面に足を持っていかれてしまう。言わば高速のベルトコンベアに足を近づけていくようなもの。下手すれば骨折しかねません。

さあ、いざウッチャンの挑戦。

するとここで、堤下さんが木箱を運んできました。ふたを開けると伝説のヘルメット。ウッチャンは「ポパイのほうれん草じゃねえんだから」と愚痴りながらも、ヘルメットを装着。今回も凝ったCG炸裂。ついにヘルメットおじさん降臨!

運河に飛び込むウッチャン。バーにつかまり、ワイヤーに足を掛け、腰で水面を滑る最初の姿勢は出来ている。船のスピードが徐々に上がり、時速70キロに達する。ここから徐々に足を下ろしていく。足が水面に触れた瞬間……両足が後方へ弾き飛ばされる。えびぞり状態になったウッチャンの体は、水面から離れて宙に浮いた状態に。そしてバーをつかんでいた両手は引き剥がされて、体は水面に叩きつけられる。

あまりの衝撃にスタジオが凍り付いていました。

堤下「今、内村さん、体が曲がっちゃいけない方に曲がりましたけど」
(船が内村を回収)
内村「ゲハッ!うぅ……」
堤下「内村さん、(船に)上がってください」
内村「帰る!帰る~!」
堤下「帰らないです、これからです」
内村「ハンパねぇ!体育館みてぇ、体育館の床に投げ出されたみてぇ」

失敗した原因は、足を速く下ろしすぎたこと。

しかし、足をゆっくり下ろすには体を安定させないといけません。それにはバーをつかむ腕力だけでなく、腹筋も必要となります。その前提があってようやく足の裏で水面をとらえるコツをつかむ段階へと進めるのですが、挑戦を重ねる毎に体力は奪われていってしまうので、体の安定を維持するのが難しい。

初日は、成功の兆しがまるで見えないまま終了。トレーナーも「水上スキーを極めた人が挑戦するもので、怪我しなかっただけラッキーさ」と、少しあきらめムード。

修行2日目。コツをつかみかけたところで、もう体力が残っていない。特に成果得られずロケ終了。

そして3日目。結局2日目と同じような展開で終わってしまいました。さらに堤下さんが「はねるのトびら」収録のため、日本に帰国。あまりの出来なさに悔しさがつのるウッチャン。「1回でいいから素足で滑りたい!」。闘志に火がつき、帰国を2日延長。さらに失敗に終わったときの保険として、小笑いを稼ぐべく台湾の街をロケしながら挑戦を続けることになりました。

ラストチャンスにかけるヘルメットおじさん

すると帰国を延長した甲斐があって、少しコツをつかんできたウッチャン。でも、成功にはほど遠い段階です。トレーナーも「止めたほうがいい」と真剣にスタッフに話すほど、ウッチャンの体はすでにボロボロ。

ついに迎えたロケ最終日。

残された時間は1時間。足が水面に触れると、以前よりも粘りは見せるものの、結局は後ろへ弾き飛ばされてしまう。確かに上達はしています。トレーナーも「今日は上手く出来ている」と励ます。

しかしもう時間が無りません。いよいよ次が最後の挑戦。無言で水面へ飛び込むウッチャン。

バーをつかみ、ワイヤーに足をかけた姿勢は安定している。船のスピードが上がっていく。もう何度も繰り返してきた動き。ワイヤーから足を離して、水面に近づけていく。ゆっくりと、ゆっくりと。水面に足が達した瞬間……やはりと言うか、足は弾き飛ばされて、体は後方へと引っ張られていく。万事休す。

ウッチャンももう46歳。ジャッキー・チェンのアクションを完璧にこなしていたのは、15年以上前のこと。この残酷な時の流れを素直に受け入れようとしていたところ……映像は急にスローモーションになり、ヘルメットおじさんの合言葉である「I can do it!」が響き渡る。(えっ! ウソでしょ?)

両手がバーから離れません。それどころか、上半身に力がこもり、後ろに引っ張られていた両足を水流に逆らって、前に押し戻す。そのまま足の裏は水面をとらえる。さらに体を起こす。なんと、水面を見事に滑っているではありませんか。ラストチャンスでベアフッティングを成功させたヘルメットおじさん。

私は鳥肌が立って、感動に震えました。と同時に、夢を見ているような感覚も襲ってきました。スタジオのイッテQ!メンバーもワイプで、我が目を疑うようなリアクションを見せながら歓声をあげています。

イッテQ!ご意見番の出川哲朗がなぜか誇らしげ

VTRが終わってスタジオに戻ると、拍手が鳴り止みません。するとウッチャンの右隣に座っているイッテQ!ご意見番である出川哲朗が、こう吠えたのでした。

出川「これですよ、これ! これがチェン!」

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(スタジオ爆笑)
出川「誰もが出来ないと思ったでしょう!」
ベッキー「感動しましたよ!」
宮川「泣きそうなりましたね」

さも自分の手柄のように誇らしげな出川さん。^^;

でも出川さんはウッチャンファンの気持ちを見事に代弁してくれました。「私の好きなウッチャンはこんなにすごいんだぜ!」っていうね。

ベッキーがウッチャンに体の痛みについて尋ねていると、脇から

出川「日本戻ったら、徳ちゃんにいっぱいマッサージしてもらったんだ」

出川さんだから許される発言も飛び出す。もっと行け、出川!

しかし苦笑いするウッチャンにしつこく聞きすぎて、「うるせーな!」と一喝されてしまいました。それでも嬉しそうに笑顔を浮かべていた出川さん。

番組終了後もしばらく放心状態が続いたのですが、ようやく冷静さを取り戻してくると、ウッチャンのファンであることが誇らしいという、なんかそんな気持ちがじわじわと湧き上がってきましたね。ほんと、出川さんと同じ気持ちでした。

背中で語る男、それが内村光良

冷静さを取り戻してからウッチャンの勇姿を反芻していたら、以前にWEB記事で読んだDeNA南場社長の言葉がふと脳裏に蘇ってきました。

「夫の病気にも圧勝する」 DeNA南場社長、退任への思い :日本経済新聞

学生に「トップを張るというのはどういうことなのか、心得を聞かせてください」と尋ねられた南場社長は、こう答えます。

「いい質問だね。私よく言うんだけどさ、例えば目の前に濁流があって、川の向こうに肥沃な土地がありますと。そこへ行くべきとか、渡り方はこうするべきとか助言するのが参謀やコンサルタント。一番最初に濁流に足を突っ込むのがトップ。そうするとね、水だと思ったら熱湯だったとか、下に剣山があったりとか、何でこんなことが起きるんだということが起きるんだよね」


「その時に、どういう背中を見せるかということなんだけど、ホントは社長であっても迷いやおびえでいっぱいなんだよね。だって同じ人間じゃないですか。社長も普通の人。でも、それを出さないで、びくともしないふりをしながら渡りきる。あたかも何事もないかのように、大丈夫だよっていう背中をいかに作れるか。ってことなんだと、私は思いますね」

この部分を読んで、思わずウッチャンと重ねちゃったんです。ごめんなさい、痛いファンだと思ってお許し下さい。

でも今回の「イッテQ!」での活躍を見て、その思いはちょっと強くなりました。「ウリナリ」時代のドーバー海峡横断部にしても、自ら先頭に立ち、荒波に飛び込み、あの白い背中を見せて、部員たちを引っ張っていったように思います。

背中で語る男、それが内村光良。

そう言えば、ベアフッティングを最後の最後で成功させて船に戻ってきたウッチャンは、安堵しながらこんな言葉を発していました。

内村「よかったぁ~、なんとか成立した~」

自分の成果よりも、まずは番組のことを考えている。そんなウッチャンの背中を見ると、20年以上バラエティ番組の中心的な位置で戦ってきた人間の凄みを感じざるを得ません。

お笑い史の「2011年6月5日」のところには「ダウンタウンとナインティナインが14年ぶりの共演」と必ず記されるでしょう。でも、その横に「ヘルメットおじさん、台湾で奇跡を起こす」っていうのも加えて欲しい。太字じゃなくていいです。小さくてもいいです。あとで自分で蛍光ペンで線を引きますから。

不格好経営

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