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笑いの飛距離

元・お笑い芸人のちょっとヒヒ話

地方出身者だからこそ生まれたシティ派コント

ウッチャンナンチャン ウンナンタイム ラ・ママ ラジカントロプス

ウッチャンのいとこで放送作家の内村宏幸さん、通称あんちゃんが出演したラジオ「内村宏幸のラジカントロプス」を聞きました。
内容は、放送作家の植竹公和さんが聞き手となり、サラリーマンNEOの裏話からウッチャンナンチャンと共に歩んだ若手時代(お笑いスター誕生、ラママでのライブ)の話まで、それはそれは深くて濃い話ばかりでした。

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ウンナンファンにとっては全てが聞き所なんですが、特に興味深かったのは、「なぜウッチャンナンチャンはシティ派と呼ばれたのか?」を分析しているときのあんちゃんですかね。

ウンナンと言えばシティ派コント

2010年1月16日放送の「第125回 内村宏幸のラジカントロプス2.0」。聞き手は放送作家・植竹公和。

ここの会話に登場する内村とは、内村宏幸(あんちゃん)です。

植竹「ウッチャンナンチャンのやっぱりコントっていうか、まあそれは、あの〜、なんなんだろうね?その特徴っていうかさ〜」
内村「なんすかね〜、あの〜・・・、よくその頃は、シティ派って言われてたんですよ」
(2人爆笑)
植竹「どこがだよ!っていう」
内村「あの〜、熊本と香川の田舎者なんですけどね」
植竹「はっはっはっ、そうだった」
内村「東京のシティ派みたいな」
植竹「ナンチャンはさ、上方落語やってたんだよ」
内村「そうなんです、2人とも関西よりもさらに西から来てる、ふっふっふっ」
植竹「そうそうそう」
内村「のに、東京の・・・」
植竹「シティ派?」
内村「シティ派って言われてたんです、びっくりしましたよ、すごい、なんていうキャッチフレーズだと思いましたけどね」
植竹「ほほぉ〜」

どちらも地方出身者であるウッチャンナンチャン。なぜ彼らがシティ派と呼ばれるようになったのかをあんちゃんが分析します。

植竹「なん、なんだろうね?分析してみて」
内村「あの〜、思うのは、多分田舎者だったから」
植竹「うん」
内村「東京にめちゃめちゃやっぱ憧れるじゃないですか」
植竹「はいはい」
内村「東京に来ると、東京で生活している人とか客観的に、その住んでいる人よりは、より客観的に見れたと思うんですよね」
植竹「あ〜」
内村「その〜、地下鉄にしろ、やっぱショックでしたもん」
植竹「ふっふっふっふっ」
内村「あんなにいっぱい、あとやっぱみんな言いますけど、渋谷に来るとお祭りじゃないかって言うじゃないですか」
植竹「はっはっはっはっ」
内村「やっぱそのショックをいくつも経験して」
植竹「うんうんうん」
内村「それがやっぱもう、全部その客観的にと言うか、新鮮に見えたと思うんですよね〜」
植竹「地方出身者からみた東京・・・」
内村「多分、それを描いてるっていう」
植竹「だから、で、視聴者はほとんど田舎の方だから」
内村「うん、そうですね」
植竹「なるほど」
内村「う〜ん、東京出身だと気付かない・・・、かもしんないですけどね〜、もしかしたら」
植竹「あ〜」
内村「当たり前ですからね、それが」
植竹「いや、そりゃそうだよ、そうかもしれないな〜」
内村「多分、それが、全部が新鮮に見えたから、それがそのまんまネタに、ふっふっ、反映されたと思うんですよね」

ちなみに、ウンナンの代表的コント「銀座線vs日比谷線」は、ウッチャンが雑誌「ぴあ」の路線図を見ながら作ったんだそうです。

内村「だからコンビニエンスストアとか、レンタルビデオショップとか、全部、その普及し始めた頃で」
植竹「なにか貧乏くさいものばっかりじゃない」
内村「はっはっはっはっ!」
植竹「どっちか、シティ派って」
内村「そうなんですよ、割とね、一人暮らしっぽい、東京で一人暮らししている人っていう」
植竹「あ〜、そうかそうか」
内村「そういう人が一番共感するっていう」
植竹「共感するな〜、そうかそうか、地方出身者か〜」
内村「そうです」

そういう時代だったんですね。ファミレスなんかもそうなんでしょうね。ジャンバラヤは、ウンナンのコントで覚えました。
この話を聞いて、かつてウンナンが話していたことが蘇って来て、この話と線で結ばれたような感覚を得ました。その話とは、2005年8月放送のウンナンタイムでのこと。「子供がもしお笑い芸人になると言ったらどうする?」といった内容の質問がリスナーから来て、珍しくウンナン、特にナンチャンが芸人論的なことを語ったのです。

お笑いやるなら公立を出てないとダメ

2005年8月放送の「ウンナンタイム」。

ここからの内村は、内村光良(ウッチャン)です。紛らわしくてごめんなさい。あと当時は、ウッチャンにまだ子供はいません。

南原「あのね〜、やっぱね〜、お笑いやる人間はどっかコンプレックスもそうだし」
内村「あ〜、そうだね」
南原「そう、あの〜、個人的な意見だけど、あの〜、公立出てないとダメだね」
内村「公立?」
南原「公立」
内村「私立じゃなく、あっはっはっはっはっはっ!バカだね〜、公立出てないとダメなの?」
南原「ダメ」
(内村まだ笑い収まらず)
内村「ふっ、持論なんだね」
南原「持論」
内村「あ、そお〜?そうかな〜?私立出てるヤツいっぱい居るんじゃないの?今のお笑いに」
南原「いや、ね」
内村「え〜、さまぁ〜ずは?さまぁ〜ず、私立だよ」
南原「いや、まあまあ、私立でもいいんだけど」
内村「うん」
南原「なんでかって、どういうことかって言うと、ね、偏ったんじゃなくて、いろんな人間を見てなきゃいけないってこと」
内村「ははぁ〜」
南原「ね、私立でも、例えばお金持ちの私立だとさ、ある程度の、限られた人間が来るわけじゃない」
内村「はい」
南原「学力的にも、お金的にも」
内村「はいはい」
南原「じゃなくて、もう底辺、いっぱいいろんな人を見ていないと、お笑いには、なかなか難しいんじゃないのかなって」

真面目に語るんではなくて、またいつものナンチャン理論が始まったよ的な雰囲気で話は進みます。^^;

テレビは庶民のもの

内村「その、今のを、今の持論でいくと、ふかわりょうを明らかに否定していることになりますよね?ふっふっふっ」
南原「うん、だから、あいつがいまいちブレイクしないのはそこなんですよ」
(あんちゃん大爆笑)
内村「珍しいですよ、慶応のボンボンなわけですから」
南原「いや、あのね、なんでかって言うと、我々テレビでやるんだったら、そういうことですよ、テレビじゃなければ別にいいと思うんですけど」
内村「はぁ〜」
南原「テレビはやっぱ庶民のもんですから」
内村「あら、語りますね〜」
南原「庶民のもん、おっちゃん、おばちゃんとか、子供、そんな、そこらへんが見てるもんなんですよ」
内村「うん、なんかコンプレックス持ってないとダメだね〜」
南原「ダメ」
内村「う〜ん、そうだな〜、うち子供が出来たら、そうだな〜、あんまりコンプレックスとか無いかもしれないからさ」
南原「え〜、親父がウッチャンだよ〜」
(あんちゃんと内村大爆笑)

その公立学校的要素を補完してるのが、NSC等の芸人養成所だったりするのかなと。様々な年齢層の個性豊かな人達が集まるわけですから。

田舎者だから分かる

南原「だから、要するに、俺の持論としてはそこがあるね、公立を出ていろんな人を見てるんだったら、いいわけ」
内村「なるほど」
南原「俺らって、田舎から来たから分かるじゃん」
内村「うん」
南原「田舎だったらさ、夜8時になったら商店街のシャッターが閉まるとかさ」
内村「真っ暗ですよ!ほんとに」
南原「分かるじゃん」
内村「分かります」
南原「ね」
内村「渋谷びっくりしたからね、初めて見たときに」
南原「そう、それが、テレビの底辺っていうかさ〜、そういう人の、実感として」
内村「そう」
南原「そういう生活をしてるんだったら、まだいいけども」
内村「じゃあ、優世(ナンチャンの息子)が公立行ったら、まあちょっと」
南原「でも行かしたくないんだよね〜」
(あんちゃんと内村爆笑)
内村「出た、親バカ」

ウッチャンナンチャンは地方出身者であったことで、大多数のテレビ視聴者の気持ちを共有したり、東京を客観視することが出来たんでしょうね。あと専門学校が横浜にあったっていうのも大きかったと思います。
そんなことよりも私は、ウンナンのネタのセンス(番組タイトルだけでコント)、観察力(タクシードライバー)、斬新さ(銀座線vs日比谷線)に魅了されたのでした。
そして、過去のネタを披露するとなったとき、タクシードライバーでは料金所にETCを加えたり、対決シリーズでも「大江戸線vs南北線」にしたり、常に今の時代の要素を取り入れているんですよね。これは鶴瓶新年会で、鶴瓶がさらっとウンナンのネタ後に触れていまして、その鋭さにも舌を巻いてしまいました。^^;

僕の「日本人の笑い」再発見 狂言でござる ボケとツッコミには600年の歴史があった

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